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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2002/12/23

タイムカプセル露天掘り
１年半ぶりに九州のＳ市を訪ねた。この欄でなんども書いたとおり、34年前、新聞記者として初めて赴任した町である。日本の不景気を体現したような都市で、夜の盛り場を歩くと、看板に灯を入れていない店が目立つ。そんななか、昔よく通った釜飯屋が、変わらない風情で残っているのを見つけた。

「デジタルストレス王」の鐸木能光さんが、30年前に高校の校庭に埋めたタイムカプセルが勝手に掘り出され破棄された話を前週書いていたが、私のタイムカプセルは、こうして露頭がむきだしで、露天掘りできるのだ。

その釜飯屋の隣に、かつてＺというクラブがあり、この都市で最も高級といわれていた。入社１、２年目の若造の分際で、そこへもよく通っていた。閉店後、店の女の子と待ち合わせて釜飯を食べにゆくという、身分不相応なケースもたまにあった。

15年ばかり前のこと、あるキャリア官僚に、都内のホテルの会員制のバーに案内されたことがある。「君をいちどこのバーに連れてきたかった」とその役人はいい、私が真意を測りかねていると、「ほら、Ｓ市にＺというクラブがあっただろう」と続けた。そのキャリア官僚は、当時、中央省庁から、20代で課長としてＳ県に出向、私と年代が近いこともあって、何度も飲食を共にした。私は全く忘れていたのだが、Ｚへも一緒に行ったことがあるらしい。

Ｚは客筋も高級で、副知事、県警本部長、市会議長、地元新聞社社長といったところが常連。一介の課長が行けるところではなかった。とはいえ、いちどは行ってみたい場所だったといい、私に連れられて入店したときは、もう、ものすごく嬉しかったそうだ。どうやら、代金も私が払ったようで、その借りは、いつか返さなければと思っていたという。そのお返しが、ホテルの会員制バーだった。バーの会員になるため、彼は何年も待たされたといい、私に対する最大級の感謝の表現だったのである。

そんな話を、先輩記者にしたところ、「うーん、いい話だなあ。こんど、新入社員の前でスピーチしなければならないんで、そのネタいただき」といわれてしまった。

それにしても、入社１、２年の一介の記者が、なんでそんな高級クラブに出入りできたのか？　この点については、自分自身、ずっと不思議に思ってきた。Ｚ出身の女性が経営する小料理屋が、Ｓ市の同じ盛り場にいまもあり、いつも寄るのだが、その女将も、「ほんと、いま思うと不思議やねえ」という。

ただ、はっきりしているのは、いつもすっからかんだったことだ。給料日前に、手元の現金はきれいになくなり、足りない分はボーナスで穴埋め。預貯金には全く縁がなかった。

「Ｚは１回行くと、いくらくらい取られてたのかなあ」と、こんど初めて、小料理屋の女将に聞いてみた。彼女自身、のんびりしていて、「私もよく知らなかったので、そのころのマネージャーに尋ねてみたの。セットで8000円だったんだって」。セットとはおつまみとビールが２本くらいついたものか。8000円というと、当時の初任給やその他の物価を勘案して……、いまなら４～５万円！　ひぇー。

すっからかんですんでよかった。そのころまだ、キャッシュカードやクレジットカードが普及してなくてよかった。むじんくんのような金融手段が手近になかってよかった。そんなものがあったら、20代の無分別と虚栄心は、Ｚに注ぎ込めるだけ注ぎ込んで、自己破産に至ったかもしれない。

もし、私の先輩記者のスピーチを通じて、高級クラブＺの話を聞いたことのある方がいらっしゃるかもしれませんが、決して私のまねはしないでくださいね。