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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2003/09/15

続・阪神ファン
私の勤める新聞社には、阪神ファンが多い。いま籍を置く部署にも、症状が顕在化している重症者が３人いる。うち１人は、阪神の試合がある夜は、yahooのライブを繋ぎっぱなしで仕事をしている。60秒の自動更新まで待てず、しょっちゅ手動更新している。テレビ中継があるときも、yahooライブ。テレビは怖くて見られない、というところが、真性阪神病である。

会社が、とくに阪神ファンを選んで採用しているわけはなさそうだ。自分の入社試験を思い出しても、球団の好き嫌いなど、尋ねられたおぼえがない。しかし、少なくても、巨人の親会社とライバル関係にある新聞社ということで、阪神ファンが大きな顔をできることは確かだ。その実、阪神ファンと愛社の気持ちは全く比例しない。むしろ反比例しているのではないかとすら思うことがある。

前回阪神が優勝した18年前、優勝がはっきり近づいたころ、社内にお触れが回っった。黄色に黒の縦縞が入った法被を作るので、希望者は申し出るようにという。発信人は、お膝元の大阪に勤務する阪神病患者。私はそんなもの欲しくもなかったのだが、息子が喜ぶかもしれないと思って、一着申し込んだ。出来上がってきたそれは、襟に「朝日猛虎会」と染め抜いてあった。今回は、そんなお触れは回っていないようだ。

さて、当社内に巨人ファンはいるのだろうか、いるとすれば、どう振る舞っているのだろうか？　答えは、いる。日本人の相当割合が巨人ファンであることを反映して、平均よりはやや少ないかもしれないが、確かに存在している。東京の社内には、相当数いると思われる。どう振る舞っているのかというと、巨人ファンであることがばれないよう、アンネようにひっそり息を詰めて暮らしている。見つかったからといって、殺されるわけでも、クビになるわけでもないのだが。

巨人阪神戦の中継を、職場でこぞって見ている。阪神が得点するたび、歓声があがる。巨人が優勢だと、怒号が飛ぶ。隠れ巨人ファンには居心地が悪いに環境であるに違いない。巨人ファンであることがばれた場合は、そんな場で、いつも嘲笑のタネにされる。なるべく目立たないよう、テレビを見る人垣のいちばん後ろで、巨人が得点すると声を押し殺したまま、膝のあたりで拳を小さく握りしめる発覚巨人ファンを私は知っている。

社員の子どもたちもまた、阪神のファンが多いようだ。子どもに自分の好みを押しつける社風でもあるだろうか。私は、子どもは別人格、自由に自分の道を歩むべしと、常々いっているので、そういう真似はしないよう心がけている。娘のひとりに、そろそろひいきの球団を作りたいのだが、どこにすればいいかと相談されときも、「楽しい野球ファン人生を歩みたいなら、巨人」とアドバイスしたくらいだ。娘は結局、西武のファンとなったが、すぐ野球に関心を失ってしまった。

息子が阪神ファンになったのも、私がすすめたからではない。そのことは、前週に触れた通り。しかし、ものごころついたときから、ずっと阪神ファンで、その事実は、阪神病のスーパースプレッダーというべき山藤章二さんの知るところとなり、私に会うたびに、「息子さん、まだ阪神ファンしてる？」と恐る恐る聞かれるほどである。山藤さんの目には、幸薄い、不憫な子どもに映ったらしく、ときどき阪神マークの入ったポテトチップスなどを、「息子さんに」といってときどきいただいたこともある。

そんなわけで、うちの家では、テレビで野球中継を見るときは、息子を立てて、阪神を応援するのが、常だった。そんなある夜の阪神巨人戦。家人の振る舞いを何げなく見ていると、ときどき膝のあたりで小さく拳を握っている。それも巨人のチャンスのときに。も、もしかして……。「あんた、巨人ファンなの」と聞くと、家人ははじけるように笑い出した。ついにばれたか、というやけくその乾いた笑い声だった。息子ともども茫然自失。