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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2004/05/03

深夜の警察官
中国山間部のまあまあ大きな都市で。ホテルの電話は、市内へ掛けるには外線番号０、市外と国際電話は外線番号00をつけて、と教えられ、その通りにすると、案の定、電話はうんともすんともいわない。ふつう、「その番号は間違っています」と自動的にメッセージが流れるものだが、それさえ聞こえず、しーんとして全くの無音。

中国に限らず、田舎ではよくあることだ。そのまま寝てしまってもよかったのだが、前夜もそうして寝てしまったので、その夜はちょっと意地になり、中国人ガイドのＰさんに原因を究明してもらうことにした。幸い、部屋同士の内線通話は良好。Ｐさんはすぐフロントに連絡してくれたらしく、折り返し返事があって、「つながるようにしたそうです。掛けてみてください」という。しかし、０番も、00番も、相変わらずしーんと無音。

またＰさんに内線を掛け、同じようなやりとりを、２、３度繰り返したあげく、Ｐさんが私の部屋へやってきて、そこからフロントと応酬を始めた。フロントは、電話機をとりかえるといい、実際、係りの者が交換に来たが、それでもつながらず、こんどは、工事の担当者を派遣するという。

工事の人を待つ間、Ｐさんのぼやきを聞く。この直前、ホテルから、われわれ一行のパスポートの中に、期限切れのものがあるので、全員分を再提出してほしいと求められたという。Ｐさんは、「全員、何の問題もなく入国しており、ここ以前に滞在した都市でも、パスポートに疑義はなかった。自分の大切な客に、そんな２度手間を掛けさせるわけには、ゆかない」と断固拒否したという。

そうこうするうちに、工事の人がやってきた。男２人に、女１人。いずれも若く、女は制服を着ていた。工事の責任者らしい男とＰさんが、中国語でふたこと、みこと言葉を交わし……たかと思うと、いきなりお互い激高、ものすごい罵りあいになった。電話のなにが彼らをこうまで激高させるのか？　いや、どうも彼らは電話工事に来たのではないらしい。工事関係者にしては、目つきが鋭いし、最初から、態度が居丈高。彼らは電話には何の感心もない、われわれのパスポートを調べに来た外事警察官なのだと、やがて気づく。

口論は、あとの男女も加わり、一層声高になって、警察手帳は出てくるわ、職務執行法の条文は提示されるわで、互いにつかみかからんばかりに身を接近させ、噛み付かんばかりの形相。３対１、Ｐさんは孤軍奮闘。中国語なので、議論の詳細はよくわからなかったが、タイミングを見つけて、日本式にまあまあと分けに入ったところ、警察官から、あなたは関係ないから、すっこんでいてほしいと、身ぶりで介入を断られた。

ドアを開けたままにしておいたので、怒号は廊下と近隣の部屋に鳴り渡り、私の部屋をのぞきに来る宿泊客もいたが、部屋の中のあまりの剣幕に、あえて入ってくる勇気のある者は１人もいず。そんな大騒ぎが、テンション下がらないまま、10分、15分と続く。うーん、手が出ると、Ｐさんは逮捕されるなあ。逮捕されると、明日からの旅行はどうなるのかなあ。まあ、中国人の喧嘩は手が出ないとも聞くし、観客を意識したところが多いともいうので、しばらくはくつろいだまま観客を決め込む。

そして、午後11時を過ぎ、双方罵倒の材料が出尽くしたころ、Ｐさんが、やっと日本語で説明してくれた。警察官は、職務執行法の第何条かにある「必要に応じて、外国人に旅券の提示を求めることができる」というのを楯に、パスポートを見せろといっているが、自分としては、こんな遅い時間にみなさんに面倒をかけることはできないと、拒否しているとの話。でも、法律にあるんなら仕方ないじゃないのと、自分のパスポートを渡す。ほかのメンバーのも集めてくるというと、警察官は、「ご協力、感謝します」と英語でいった。

警察官が点検したところ、ホテルが書き写して警察に提出したパスポートの数字は、発行番号も有効期限も、ほぼ全員分に間違いが見つかった。また、１人分は、書類そのものがまったく作成されていなかった。職務に忠実な警察官なら、不審を抱いて乗り込んでこざるをえない状況だとようやく判明。数字訂正の面倒な作業をすませ、「われわれも職務でやっているのです。ご理解ください。ではグッドナイト」と警察官が引きあげたいったのは、午前０時に迫るころだった。

さて、発端の電話だが、その後もずーっと無音。ただ、内線だけは元気で、同行者の部屋には、「マッサージ、いかがですか」のお誘い電話がひんぱんにかかってきて、明け方まで眠れなかったという。Ｐさんが、マッサージ電話についてホテルに抗議すると、「どこのホテルでも一緒でしょ」とけろっとした返事。また、外線不通については、市の方針で、従来、市内のホテルが各自で持っていた交換機を廃棄して市の電話局に集約、たとえなにが起こっても、ホテル側は一切対応できないようになっているという説明だった。ふーん。