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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2005/01/17

初恋探検隊
友人が１週間の予定で奄美大島に遊びにゆくというので、頼みごとをした。この人物は、会社を定年前に退いたあと、トルコやら中央アジアやら、ブータンやら中国やら、フランスやらにも頻繁に出かけている。インドとパキスタン旅行をいま計画中。数え切れなきくらいの趣味があり、そのうちのひとつが探鳥で、20日くらいかけ、路線バスを乗り継いで北海道を廻ったりもしている。奄美にゆくのも、バードウォッチングが主たる目的のようだった。

頼みごとというのは、初恋の女性の消息調査だった。初老の男に初恋もくそもないだろうと思われるかもしれないが、私にとっては大切な記憶なのだ。小学校で、１、２年が同級だった人で、なんのきっかけだったかで、小さな緑色の飛び出しナイフをもらった。それをその日のうちに紛失、半ば泣きながら、日が暮れるまで、心当たりを探し回った悲しい思い出がある。

クラスが分かれてから、話す機会もなくなっていたところ、６年生の学芸会で、主演の男優、女優を割り当てられた。心の中では跳び上がって喜んだものの、外見はふてくされて、関心のないそぶりをしていた。彼女は、家の都合で別の中学、高校へ進み、それっきり出合うことがなくなった。ときどき聞く風のたよりは、「同じ高校に恋人がおる。××ちゃんってゆうて、口笛吹くと、相手が家から飛び出てくるんやて」「駆け落ちして、南の島で灯台守してるらしいわ」といった、状況を想像しにくい内容だった。

彼女に再会したのは、もう10年以上前のことである。久しぶりに開かれた小学校の同窓会に、彼女は黄色いブレザーを羽織って、さっそうと現れた。どこに住んでいるのか尋ねると、「奄美大島」とのこと。「え？　ほんとうに灯台守？」。その点は、情報に誤りがあったらしい。以下、彼女の述べたところによると……。

高校時代の恋人である××ちゃんとは、そのまま同じ大学に進み、卒業、結婚して、２人で奄美に渡ったのだそうだ。「何の目的で？」「昆虫採集」「こ、こんちゅー？」。２人は昆虫採集を共通の趣味として知り合い、愛し合い始めたらしい。私はいっこうに気づかず、実際、彼女の外見からは想像しにくいことだったが、小学生のころから、トンボやチョウチョが大好きで、一日中ながめていても飽きなかったという。「そんな楽しみを教えてくれたのは、○○ちゃん。いまでもあの子がいちばん好き」といって、同級の女の子の名を挙げた。

奄美大島は昆虫飛来の中継点のようなところらしく、彼女と××ちゃんは、捕虫網を持って、一日中、空を眺め、虫が飛んでくるのを待っているのだとか。もともとは、カブトムシが専門だったが、夜の行動は毒蛇がいて危険でもあり、日中でも対応できるカミキリムシに専門を変えたのだそうだ。「カミキリムシを捕まえて、それでどうするの？」「冷蔵庫に保管しておいて、全国の愛好家と交換するの」。聞いたこともない人生である。

小学校のころ、恋心を抱いていたとうち明けると、「へー、そー。はよいうてくれたらよかったのに」。1970年代の初頭、仕事で奄美の彼女が住む町へ行ったことがあるというと、「へー、そー。訪ねて来てくれたらよかったのに」。そんなとこに住んでるなんて、知らんやないか。同窓会が終わると、彼女は黄色いブレザーを翻して、さっそうと奄美に引きあげていった。それが、10年ちょっと前のことである。

といった話をバードウォッチャーの友人にして、ぜひ彼女を見つけだし、よろしく伝えて欲しいと依頼したのだった。その町は、奄美大島の西南端、加計呂麻島を望み、私が知っている限り、こぢんまりしていて、たばこ屋ででも聞けば、昆虫採集家夫婦の所在は、たちまち知れると思われた。

昨夜、結果を知らせるメールが入る。
──穴吹さま
昨日奄美から帰りました。

奄美大島はルリカケスを始め天然記念物の鳥達がいる島、これを探すのに忙しい合い間を縫ってレンタカーを借り、空港からは遠く離れた島の南の外れ町に向かいました。
土産物屋のおばさんにも訊きました。
道行く人にも聞きました。
車の窓を開けて、うかがった名前を連呼もしました。
しかし手掛かりは皆無。

よーく調べたら瀬戸内町は名瀬市についで大きな町で、人口は１万１千人を越え、しかもなんと加計呂麻島など周辺の島も含むとのこと。
これでは虚しい努力でした。

この際、初恋の人を探すなどということはあきらめて、きれいな思い出として胸に秘めておいてください。
といっても文筆業の性としてどこかに書くのでしょうね──