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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2005/03/07

飛行機運
飛行機運というものがあれば、最近の私は間違いなく悪い。いま、成田空港のD99番ロビーで、中国東方航空272便北京行きの搭乗案内を待っている。未明から雪がちらつき、それがちょっと積もっただけなのに、各便とも大幅に出発が遅れているのだ。すでに予定時間を２時間過ぎ、なおいつ飛べるか見込みがつかない状況。昼食代わりのパンと缶ジュースが、客に配られ始めた。

北京空港で、およそ２時間半の待ち合わせで国内線に乗り継ぐはずだったが、もちろんそれには乗れなくなった。国内線は、１日１便しか飛ばない飛行機だ。現地と携帯電話で相談、「夜９時、北京駅発の寝台列車にしましょう」ということになった。が、行き先は全く反対方向。旅行スケジュールを全面的に入れ替えたのだ。

前夜から雪の予報だったので、午前３時半に起床、雪の様子を確かめ、車に積もった雪にお湯をかけて溶かしたうえ、電車の遅延を考慮して家を出て、最寄り駅へ。そして、出発予定の３時間前に空港にやってきたというのに……。

暮れには、中国国際航空のやはり北京行きが、予定より５時間遅れた。到着日を有効に使いたいと、朝いちばん早い８時発の便をわざわざ選んだのに、「機体が届かない」というわけのわからない理由からだった。ずっと後発の便が機嫌よく出てゆくのを、空しく眺めながら、そのときもパソコンを引っ張り出して、時間つぶしした。

こんなことが２度も続くと、自分の飛行機運を検証せざるをえず、そこで思い出したのが、20年ばかり前のイスラエルでの体験である。

セスナをチャーターして、イスラエルの北から南まで空撮するという、うきうきするような仕事だった。夜明けとともにテルアビブの飛行場を発ってガリラヤ湖あたりへ飛び、途中、エルサレムの飛行場で給油、シナイ半島近くまで行くというフライト・プランである。イスラエルには秘密の軍事施設が多いとかで、空撮にはさまざまな条件がつけられ、その一つが、空軍将校の同乗だった。撮っていい場所、いけない場所がいちいち指示されるという。

朝が早いので、カメラマンと２人、滞在先のエルサレムから、前夜、テルアビブのホテルに移る。電話帳で見つけたその名も「インペリアル・ホテル」という１泊20ドルの商人宿だ。まだ暗いうちに起き出して、飛行場へ。厳しいボディーチェックを受け、空軍将校と合流して、さて、飛行機はなかなか飛び立たない。雲がかかっていて、視界が悪いというのだ。この地方で、セスナが飛べないほどの雲が出るというのは、年に１回あるか、ないかだといわれた。結局、この日は飛べず、また「インペリア・ホテル」泊。

翌日また未明に出かける。前日、軍服をきちっと来ていた空軍将校は、Ｔシャツにサンダル履きの軽装で現れた。ぐっとうちとけ、「いや、実はぼくもセスナで上空を飛んで回るのは初めてで、楽しみにしてるんだ。ラララ」と鼻歌まで歌う。

撮影は順調に進んだ。空軍将校は、「まあ、好きに撮ればいいさ。問題がありそうなら、そのときにいうから」。カメラマンの指示で、セスナはぐるぐる旋回する。カメラマンは撮影のための旋回に慣れている。空軍将校も仕事柄そうだろう。が、私は旋回が苦手なのだ。胸がむかつき、吐きたくなる。顔は蒼白。「おまえ、だいじょうぶか？」と、空軍将校が親身になって心配してくれたが、この病気は、着陸するまで治らないのだ。

「テルアビブには、インペリア・ホテルという素晴らしいホテルがあってね」。同僚が別の同僚にそう話しているのを聞いたのは、それから１年くらい後のことだったろうか。「地中海に面した美しい砂浜に臨む素晴らしいロケーションで、しかも素晴らしいことに、１泊20ドル」。

ま、まてまて、そのインペリア・ホテルというのは、私があの時に泊まったインペリア・ホテルじゃないのか。実は、やはりイスラエルに行くことになったその同僚に私が紹介したのだから、同じに決まっている。でも、どこが素晴らしいのだ。

私にとっては、２泊目の夜、エアコンを取り外したと思われる四角い壁の穴から、煌々とした月がのぞいているのが見え、明日は晴れてくれよと祈ったのと、トイレの鍵が壊れてしまって中へ入れず、同室のカメラマンと２人、深刻な尿意を抱えて悶々と一夜を過ごした以上の思い出はない。同僚には、なにかいいことがあったのだろうか。だとすると、私は、飛行機運に加えて、ホテル運にも恵まれなかったことになる。

ようやく搭乗案内があり、D99番ロビーから中国東方航空の機内に入ることができたが、離陸まではさらに１時間半かかった。水を放射するノズルをつけた特殊な車がやってきて、翼に積もった雪をたっぷり１時間かけて吹き落とす。つまりは、私が今朝、家の車に施したのと同じ処置をしているのだ。この特殊車両は何台もないらしく、駐機場を回っては、順番に片づけているのだ。

結局、４時間半遅れの出発となった。夜９時の夜行列車には、なんとか間に合うという程度が、私の飛行機運であるようだ。黄海上空にて記す。