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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2005/03/28

旅する中国人
北京から内蒙古自治区の首都フフホトへ向かう寝台列車のコンパートメントで、蒙古民族の40歳代の姉弟と乗り合わせた。２人ともフフホトの電力会社に勤めていて、春節の休暇旅行から帰る途中だという。その旅行が中途半端でなかった。もう２週間も旅を続けているという。

出発したときは、親戚７家族19人の団体だった。全員で海南島をめざし、しばらく滞在したあと、めいめい勝手なコースで帰路に就いた。飛行機を利用する組もあったが、姉弟２人は列車が好きなので、広州や上海を回ってここまでたどり着いたと話す。

１人あたりの旅行費用は、旅費が2000元（約２万6000円）、宿泊費その他が3000元（約３万9000円）で、計5000元（６万5000円）くらい。「電力会社の社員用施設に泊まったので、安くあがったけれど、ふつうのホテルを使っていたら、１人あたり、8000元（10万4000円）くらいかかったと思う」という。いずれにしろ、月収数カ月分の出費である。

姉のほうは、昨年の春節休暇、ヨーロッパ11カ国を巡り、買い物に2000ユーロ（約27万円）も使ってしまった。同僚も世界の各地へ遊びに出かけており、情報を交換しては、次の旅行先を決める。「話を聞いただけで、絶対に行きたくないと思ったのは北朝鮮」だとか。日本は？と尋ねると、「行ってみたい。でも、ビザが出ないから」。日本は、中国人の団体ツアーのビザを沿海の限られた省にしか認めていない。

中国の海外旅行客の数が年間2000万人に達したのは、２年前。いまは3000万人を超える勢いだ。総人口に対する比率はともかく、絶対数では、まだ2000万人に及ばない日本人の海外旅行者数をはるかにしのぐ。ヨーロッパでは、１人あたり、3000ユーロ（約40万円）の買い物をするという統計があるとも聞いた。先のお姉さんは、まだ倹約したほうらしい。

同じ路線を、後日、フフホトから山西省大同まで利用した。こんどは昼間の快速で、終点は浙江省寧波という長距離列車である。指定席、であるはずなのに、ホームでダンゴ状になって待っていた客がわれ先に乗り込む。それぞれ大きな荷物を担いでいるので、乗車したものの身動きがとれず、人並みをかき分けかき分け、やっと自分の席を見つけると、他人が座っていた。

自分の席であるむね告げると、相手はにこっと笑って立ち上がる。そういう光景が、あちこちで繰り広げられ、20分も経つと、車内はすーっと平穏になった。ごったがえしていた人々と荷物は、どこに消えてしまったのだろう？と、不思議な感じにとらわれる。

謎はしばらくして解けた。車内販売がやたらに現れるのだ。カップ麺、アイスキャンデー、スナック菓子、ミネラルウォーター、翡翠のアクセサリー、古本。あるいは段ボールの箱に詰め、あるいは手にぶら下げて、売ってあるく。それが結構売れている。目の前の席の地方から出てきたように見える夫婦ものも、翡翠のアクセサリーを、えらく時間をかけて品定めした末に買った。

乗客と見えた人たちは、まあ、乗客でもあるのだが、旅人というより、車内販売の売り子だったのだ。われ先に乗り込み、網棚でも座席の下でも、適当な場所を確保して商品の梱包を押し込み、車内が落ち着いたところで、商品を少しずつ取りだして、売りに出かける。

商品が売り切れたところが、目的地。そこで下車して、別のものを仕入れ、戻り列車に乗り込んで、同じ商売をするのかもしれなかった。車内の人間の減り具合から判断すると、ホームで待っていた客の３分の１が、この種の売り子だったのではないか。

正規に営業許可を受けた車内販売はない。それどころか、切符を持って乗車しているのかどうかさえ怪しいという。混雑時、車内の検札はほとんどなく、乗ってしまえば勝ち、みたいなところがあるそうだ。このルールは、一般の旅行者にも適用されていて、切符なしで乗り込み、売れ残って空いている指定席があれば平然と座り、本来の客が来ればにこっと笑って立ち上がるが、来ない限りは、平然と座り続ける。実は前の席の夫婦ものが、そんな乗客のようだった。

中国人が旅行好きであることは間違いない。広大な大地を、彼らは何千年も旅してきた。理由は、戦争、商売、赴任、左遷、駆け落ち、ただの放浪……、とさまざまだが、広範囲を移動することに慣れている点で、日本人とは比較にならない。中国は世界の製造工場から大消費市場に変貌しつつあるとはよくいわれることだが、旅行者、観光客としての潜在力も巨大。それをビジネスチャンスと捕らえるなら、内蒙古自治区くらいには団体旅行ビザを解禁してもよさそうに思える。