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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2006/01/16

１月15日のラグビー
ビルの10階の広いガラス窓からは、眼下に駒沢陸上競技場が望めた。といっても、相当距離が離れているので、ボウル状の競技場の底、つまりフィールド部分は、向こう側の半分しか見えなかった。で、初めはどんな競技が行われているのか、わからないまま、赤っぽいユニホームと、白っぽいユニホームの集団が右往左往し、ときどき白い球が空中に高く上がるのを眺めていた。そのうち、ラグビーだと見当をつける。

向こう側の観客席だけは、はっきり見渡すことができた。中央付近にゴマを振ったように人が集まっているが、その数は少ない。たいした試合ではないのだろうと見当をつける。１月15日のことである。かつて、この日は、社会人のチャンピオンと学生王者が日本一を賭けて戦う、日本ラグビーの最も重要な日だった。

ラグビーという競技を嫌いではなかった。むしろ好きな方だった。毎年１月15日には、社会人・学生の決勝戦をテレビで見ていた。たまたまその前後に海外へ出かけていたときなど、わざわざ日本に国際電話して、結果を尋ねたものである。

ラグビーボールに触ったこともないのに、そこまで興味を持つに至ったのは、周りにラグビー好きが多くいたからだった。同じ職場に、早稲田の熱狂的なファンがおり、また野坂昭如さんらのチーム・アドリブクラブのメンバーになっている者もいた。行きつけの飲み屋では、新日鉄釜石が優勝祝賀会の２次会を開いていたし、早稲田のＯＢで、後にジャパンの監督となる宿沢広朗さんもその店の常連だった。住友銀行のヒラ行員時代の彼とカウンターで隣り合ったこともしばしばあった。

ラグビーに関心を失ったのは、テレビで欧州５カ国対抗ラグビーを見てからだった。イングランド、フランス、アイルランド、ウェールズ、スコットランドに、今はイタリアが加わって６カ国対抗になっているそうだが、初めてその試合ぶりを知って、愕然とした──、「日本のラグビーと全然ちがう」。プレーヤーがまず倒れない。敵陣を巧みに走り抜け、ぎりぎり追いつめられたところで、パス。ボールはつながり、ゲームは途切れず……。

そのころの日本ラグビーは、たかだかテレビ観戦者の粗雑な感想に過ぎないと聞き流していただいて結構だが、ボールをやたらにＯＢに蹴りだしてはゲームを切り、また双方団子状に倒れこんでは、密集の中でお互い踏みつけあい、ときには殴り合った揚げ句、スクラムか反則、というふうに試合が流れていた。

もちろん、当時も、明治→新日鉄釜石の松尾や、同志社→神戸製鋼の平尾といった華麗なステップで走りまくる選手はいた。しかし、熱狂的な早稲田ファンに「なんでみんなすぐ寝るの？」と聞いたところ、「寝る？　あ、ラックのこと？　それがどうかした？」と試合運びの現状に全く疑問を抱いていないような様子だったので、こらあかんわと思ったのだった。

いまの日本ラグビーがどうなっているのか、テレビを見なくなって久しいのでわからない。外国選手の参入があり、国際戦も増えているようなので、競技スタイルが変わってきているかもしれない。とはいえ、国際試合で大成果を上げたというような話を聞かず、またワールドカップ開催地の選出競争にもあっさり敗れたところを見ると、その水準が国際的に評価される域にまだ達していないのだろう。

ラグビーをテレビで見なくなったかわりにサッカーを見始めた。Ｊリーグの試合で最初に気がついたのは、不利な状況に陥ると、球をＯＢに大きく蹴りだして陣地を挽回、相手のスローインで試合再開というパターンがなくなっていることだった。この戦法は、中学や高校で体育の授業でサッカーをやらされると、だれもが真っ先に覚える便利なものであった。だが、試合の流れを切り、選手と観客の集中力を削ぐ元凶でもある。

外国のチームはもちろん、Ｊリーグでも、そんな戦法を愛用しているところはない。以上のような素人の感想を、チェアマン時代の川淵三郎さんに話したことがある。川淵さんの返事は、「天皇杯の試合でも、スタンドはがらがらという寂しい体験をしてきましたから」とのこと。勝負の駆け引きもさることながら、観客、ファンが楽しめるゲームでなければ、といいたかったのだろう。

翌１月16日の新聞を見ると、スポーツ面の文字通り片隅に、「ラグビー・トップチャレンジ」という見出しで、駒沢陸上競技場の試合結果が小さく出ていた。社会人最上位のトップリーグへの昇格戦で、「たいした試合ではない」という見立ては、どうやら誤っていたようだ。もっとも、その試合にしてあの観客か、とも思った。選手たちは、川淵さんがかつて体験した寂しさを味わっているのだろうか。