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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2006/03/13

物欲
電波＋太陽電池時計を買った。家電量販店で、実質40％オフではあったが、それでもちょっと高かった。人生で買った時計の中では、最高価格である。買おうと思って、出かけたわけではなかった。常用していた時計の革のバンドがぼろぼろになり、半ばちぎれていたので、取り換えに行ったのだった。

替わりのバンド自体は、1000円くらいのもので、店員もさしてありがたい客だと思わなかったのだろう、とくにお愛想をいうでもなく、取り換え作業にかかる。その間、陳列ケースの間をうろついていて、電波時計＋太陽電池時計のコーナーで立ち止まった。ありがたい客かも知れないと思ったのか、別の店員がすっとんできて、いろいろ説明を始めた。

娘が何カ月前かに、電波＋太陽電池時計を買ったと話していたのを思い出す。アマゾンだか、楽天だかに出ると、すぐ売り切れるほど、たいそう人気の機種で、娘は出品直後のタイミングで、運良く入手できたと自慢していた。念のために書いておくと、日本の標準時を発信する電波を受けて、自動的に時刻を合わせ、また光線を受けて蓄電、機械を自動的に駆動させる世話いらずの時計のことである。

新しいもの好きの友人は、すでに数年前にそれを持っていた。文字盤の12時から６時にかけて、銅の色をした電波受信用のアンテナ棒が露出していて、決して褒められたデザインではなかった。友人もそれが気になっていたらしい。ちょうどそのころ、私が愛用していたフォッシルのかっこいい時計としばらく交換しようといいだし、２、３カ月、取り換えていた。

いまの電波＋太陽電池時計は、デザインも格段に向上、アンテナ丸見えなどという無様な格好はしていなかった。とりわけ、私が目をつけたのは、チョコレート色の文字盤に、同色の革バンドというユニークな配色だった。しきりに勧める店員に、「ちょっと考えてみる」といい残して店を出、10メートル先で回れ右、１分後には、店頭で「考えた結果、買うことにした」と切り出して、「いや、ご決断が速いのに驚きました」と店員にいわしめたのだった。

しばらくものを買う気が起こらず、それまで日課だったヤフオクの骨董オークションも全くチェックしなくなっていた。しかし、物欲がようやく兆してきたようだ。精神科医によると、ものを買う、セックスをする、自分を語るというのは、ある症状の３点セットなのだそうだ。まあそのひとつが兆したということは、ある方向へ向け、精神が高揚し始めた証拠かもしれない。ある方向などというとわかりにくいが、要は生きる意欲のことである。

という風に、物欲を都合よく解釈すると、贅沢のうしろめたさや、経済観念をすっぱり忘れて、ものを買いたくなる。物欲、きたーっ、いいぞ、いいぞ。で、昨日は、懸案のETC車載器を買ってしまった。そんなに車を使うでなく、使ったとしても、近所のスーパーへ出かける程度。高速道路の自動通行料金精算器を、切実に必要としているわけではない。これまでは、そんな常識的な判断から、購入を自重していたのだが、物欲性善説のおかげで、だって、欲しいんだから、買ってもいいじゃん、のノリで、カー用品店へ繰り出した。

実はほかに買いたいものがあった。カーナビである。ハードディスク内蔵の最新型はかなり高いだろうと、はなから諦めていたが、DVDでも相当安くなっているはずだった。確かに安くなってはいた。しかし、私が欲しかったのは、ダッシュボードのフロントグリルに、ボタンひとつですーっと格納されるタイプだった。店員は私の車が、ニュービートルであると聞いて、「その車に合うのは、これしかありません」とひとつの機種を示した。

それは正価で30万円近くし、大安売りで20万円以上の値が付いていた。私は即座に購入を取りやめた。そんなに車を使うでなく、使ったとしても、近所のスーパーへ出かける程度。カーナビは必要なほど、知らない土地出かけるわけでもない。常識的な判断が、物欲に勝ったのだ。私の物欲には、５万円の壁があるのだった。