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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2006/05/15

山東ナンバー
「和泉ナンバー」は柄が悪いとよくいわれる。運転が荒っぽく、無理な追い越しや、割り込みを平気でする。ただ嫌がらせをしたいがために、幅寄せしたり、パッシングランプを点滅させたりする……。いや、「なにわナンバー」のほうがもっと悪い、という人もいるう。ひところ、わざと急ブレーキを踏み、後続車に追突させて、法外な補償を要求する「当たり屋」グループが関東に出没、そのナンバー一覧なるものが、口コミで流れたことがあるが、確かにほとんどが「なにわナンバー」だった。

まあ、一種の都市伝説であろう。「和泉ナンバー」「なにわナンバー」が走り回る地方で育った身としては、そこまではひどくない、善良な車もけっこう多いのに、などと、いちおう口では弁護しながら、スモーク・フィルムを窓ガラスに貼ったメルセデスなんかが近づいてくると、救急車を通すより丁重に、道を譲ってしまうのだった。

中国では、「山東ナンバー」である。山東省の略号「魯」を頭につけた車だ。魯というのは、よく知られているように、春秋時代に孔子を生み、礼節を重んじるとされる山東の一小国である。そのころ、この地方には斉という強国があったが、略号をあえて「斉」にせず、「魯」としたのは、礼節を守る省民性を願ってのことだったに違いない。

しかし、願いは空しく、いま「魯ナンバー」は乱暴な運転で、他省のドライバーに一目も二目も置かれる存在となっている。山東省の人は、古来、体格がでかく、気性も激しいとされ、日中戦争のときも、「死ぬまで闘う山東人」といわれた。とにかく、口より先に手が出る人たちと恐れられているのだ。

そんな性分の起源は、たぶん「水滸伝」にある。この英雄的ギャングの物語は、山東省を主な舞台とし、登場人物もまた、多くは山東生まれである。現代の山東人は、彼らの末裔であることを自任し、それを誇りに思っている風がある。

友人のＷさんも山東人だ。愛車の雪鉄龍（シュエティエロン＝シトロエン）を駆って、中国を広く飛び回り、「魯ナンバー」の威力を、フルに活用している。同乗して、北京の有名な観光地を訪れたときはこんな感じだった。

休日とあって、駐車場は満車、すぐ前の「津ナンバー」、つまり天津の車は、入り口に立ちはだかった係員に、手であっちへゆけと指示されて、すごすご引きあげる。Ｗさんがその係員と一言、二言、言葉を交わすと、不思議なことに、ゲートは厳かに開き、大型観光バスとパトカーの間に残っていたわずかなスペースに案内された。

「もう１台も停められないってわけじゃねえだろう」と、山東訛りの伝法な物言いをしたと、Ｗさんは明かす。係員は、「あとで、警官にもちゃんと説明しておくから」と、何を説明するのかわからないが、そういったそうだ。帰りは帰りで、「そこを右折すると、一発で罰金200元（約2800円）だから」といって、裏口をそっと開けてくれた。

しばらく前、陝西省西安に出張したときに、その霊験あらたかな「魯ナンバー」を盗まれるという事件があった。朝、駐車場へ出向くと、ナンバープレートが取り外され、電話番号をメモした紙が残されていた。取り戻したければ、電話しろというわけだ。警察へ届けたとしても、省外の車ということで、手続きに時間がかかるうえ、まじめに捜査してくれない恐れさえある。そんなことを見越しての盗みである。

Ｗさんが電話すると、相手は「身代金」として、200元（約2800円）を提示。値切ると、100元（約1400円）にはなりそうな感触だったらしい。しかし、Ｗさんの返事は、「おい、山東人をなめるなよ。そんなはした金でどうにかなると思っているのか。400元（約5600円）くれてやるから、すぐナンバープレートもってこい」。西安のチンピラは顔色を変え、プレートを抱えてすっ飛んできた。そして、Ｗさんから400元を受け取ると、雲を霞と逃げ去ったという。

江蘇省のある町のガソリンスタンドでのこと。やはり休日だったので、給油待ちの車の長い列ができていた。その後ろにつけたＷさんの「魯ナンバー」を目ざとく見つけた給油ボーイが、すいている別の給油機に案内する。「待たせていらいらされ、殴られでもしちゃかなわないと思ったんでしょうなあ」。Ｗさんが気分良く話していたのは、そのスタンドで満タンにして、400キロばかり走ったところまでだった。

車の燃料タンクメーターは、もうしばらく以前から、「空」を示す赤いマークが点いている。ふだんは満タンで600キロは行ける。「やられました」とＷさん。給油機のメーターに仕掛けがあったか、混ぜもが多い質の悪いガソリンだったか、その両方か。「山東省の人間は、江蘇省の頭のいい商売人にこうやって騙されるんです。腕力は強いが、頭の回転は遅いって、見透かされているんですね」