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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2000/04/03

アメフラシに驚異のグルメ問題
私の不用意な言葉が、たいへんな問題を引き起こしてしまったようである。前週のこの欄で、「アメフラシは、まずい。食品として大成しなかったのは、まずかったからだ」と書いたところ、抗議が殺到した。

以前に東京に住んでいたSMという人からは、「ナマコがうまくて、アメフラシがまずいというのは、貴殿の好み。『途中であほらしくなって、捨ててしまった』『非常にまずい。このまずさ……』と、記事を締めくくるほど、アメフラシを否定しなくてもいいのではありませんか？　貴殿はその文章から、いろいろなものを許容する寛大な心の持ち主と思っていましたが、残念でなりません」というお叱り。

市川市のIAという方からは、「アメフラシを食べた経験がない人間がいうのは変ですが、焼く、スープにする、油で炒める、酒で煮る……などの実験をやってから、『非常にまずい』と結論づけてほしかったと思います。もしかすると、大変な珍味で美味かもしれませんよ。途中で捨てないで、いろいろな食べ方を研究されていたら、フカひれスープを超える絶品のスープの素材を発見されていたかもしれないのに…… 残念！」

「『アメフラシは、非常にまずい。このまずさが、アメフラシを食品として大成させなかった理由だと、私はいま確信をもって言える』は、いけません。抗議殺到かもしれませんよ」という、予言だか忠告だか脅迫だかわからないメールをくれたのは、東京の某有名大学で生物学を研究するYM氏である。

YM氏は、記事を読んで、自分がまだアメフラシを食べたことがないのに悔しくなり、アメフラシを食べている地方を探したそうだ。職権を利用したのかもしれない。ついにそれを見つけたという。以下、長くなるが引用する。

「鳥取県・中山町では、町おこしの一環として、商品化に取り組んでおられるようです。町内の磯で採れるアメフラシをアメフラシキムチとし、アメフラシをデザイン化した『フラッシー』というキャラクターを添えて販路の開拓中とのこと」

「さっそく、中山町の商工会に電話して聞いてみました。５月くらいになると、産卵のために出てきて、商品価値の高い海草を食べてしまうので、そのころ採って、加工するそうです。ですから、今、はざかい期で、商品自体がなくて送れないとのこと」

「親切な女性の方で、キムチがなくて残念そうにしていたら、『キムチでというのでなければ、アメフラシは、こちらの方ではごくごく普通に食べていて、食べ方は、内蔵をとって、茹でて、しょうゆ、酢みそでたべたり、砂糖、醤油、酒とで煮て食べる』とのことでした」

YM氏は、「しつこい性分」と自分で認める人で、「昨日、茹でるときに水か塩水か聞くのを忘れたので、また、親切な中山町の商工会に電話しました」といい、「茹で方は、水で10分ほどしっかりと煮て、少々縮み加減が茹であがりだそうです」と、研究はさらに深まるのだった。

この中山町商工会の女性は、「アメフラシの食に関して、生き字引のような方で、アメフラシは、血行促進作用があるとか、韓国では、干したものを食する、とかご存じでした。そして、隠岐の島には、その女性すら見たことのない、謎の『アメフラシの姿をそのままに生かした、フランス料理がある』とも教えてくれました」と、YM氏は驚異の実態をどんどん明らかにする。

実は、冒頭抗議ののSM氏も、アメフラシ食用の習慣に言及していた。「少なくとも５、６年前まで、福島県・小名浜ではアメフラシ(Aplysia kurodai)を『べコ』と称して食用にしていました（現在どうかはわかりませんが、当時、研究材料として採集していると、地元の漁師さんやおばちゃんが、『夕飯のおかず獲りに来たのか？』と言いながら、アメフラシを磯でそれこそ食用にするためにさばいていた）。また、海産無脊椎動物研究所発行の雑誌『ウミウシ通信』にもその調理法などが紹介されています」というのだ。

もっとも、SM氏は、「確かに、私も試したときは調理法が下手だったせいか、ガムのように硬くなって、なかなか噛み切れなかった（タコをゆですぎてしまったときのように）」と告白もしている。「磯の海藻を食べるほかの軟体動物（アワビやサザエ）のような香りがほのかにしていたのを覚えています」とはしているものの、決して「うまい！」とはいっていない。

最後に、北イタリアに滞在中の天文学者だというTA氏のメールを紹介したい。「10年くらい前、週刊朝日で読んだ記事を思いだしました。その昔、終戦直後でしょうか、昭和天皇が『ナマコが食べられるのだから、ウミウシも食べられるはずだ』といわれ、海で捕ってきて料理させて食べたそうです。その後でお付きの者が、『陛下、お味はいかがでしたか』と聞いたところ、ふだん、食べ物の好き嫌いはめったに口にしない天皇が、『いやあ、あれはまずかった』といわれたそうです。ウミウシとアメフラシは良く似ているはずです」

私は、自説にいつまでもこだわる性格ではないが、昭和天皇が「まずい」とおっしゃったということは、私の説が必ずしもでたらめではないという証左になるかと思われる。

先の中山町商工会の女性によると、このエピソードも、「それは真実で、葉山の御用邸で採取されたのを、料理長に調理するようにいわれた。料理長は、調理法に習熟していなかったので、おいしく料理できず、そのお言葉であったのでしょう」（YM氏の取材による）ということになってしまうのだが。