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穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2001/07/16

はったり
新聞を見ていると、旅行の広告に「あこがれの５つ星ホテル」という見出しで、ローマのエクセルシオール・ホテルの写真が出ていた。20年以上むかし、何泊かしたことがあり、部屋掃除のおばさんに、「バンビーノ！？」（あんた、子どもじゃないの？）と驚かれたのを思い出した。30を過ぎたばかりで、小柄でやせてもいたが、どう見ても子どもには見えなかったはずだが……。

日本の旅行会社とアリタリア航空が、新しいイタリア・ツアーを売り出し、その取材に、同業数社の記者と出かけたのだった。ローマ、ペルージャ、シエナ、ピサ、サンジミニヤーノ、ラヴェンナ、ヴェネチアを周遊、またローマに帰ってくる気楽な仕事で、帰国後、週刊誌に３回、自分で撮影したカラー写真付きの旅行記を連載した。

そのころ、マーク・トゥエインの「赤毛布外遊記」に傾倒していたので、対象の捉え方や文体（正確には翻訳の文体）を真似て書き、いま読み返しても、そこそこの効果を上げていると思う。自分の記事としては、上出来の部類だ。アリタリアの現地日本人スタッフＢさんの家族に招かれて、オスティア港に遊び、Ｂさんの奥さんが、露店の魚屋でシタビラメを値切りまくる光景なども書いて、あとでＢさんにしかられはしたが。

そのＢさんはいま、インターネットに凝っていて、自分のホームページを作り、イタリア観光発展のために個人的に尽くしている。AICの熱心な愛読者（のはず）なので、答礼として、そのホームページのURLを以下に。
http://www.ne.jp/asahi/italia/tansakutai/

さて、話はエクセルシオールに戻る。その前年か前々年、アリタリアの社長が代わり、新社長が短期間で黒字化に成功したというので、世界中から航空記者と経済記者を招待、凱旋の記者会見を開くことになっていた。私たちがイタリアに出かけたのは、まさにそんなタイミングだった。

「日本からも記者が来ているというところを、上司に見せておきたいので」と、Ｂさんとは別のアリタリア・スタッフに口説かれて、私たちもその記者会見に出た。それは記者会見というより、講演。講演というより、たぶん自慢話。おおまけにイタリア語。航空記者でもなく、経済記者でもなく、ましてイタリア人でもない私には、退屈きわまりないものだった。

夜、続きがあった。アリタリア所管の大臣主催のパーティーである。「いや簡単な立食の……、ちょっと顔出していただければ。んーと、ネクタイだけは締めてきてくださいね」とのこと。

エクセルシオールで待っていると、パーティー会場行きのバスが迎えに来た。すでに先客が20人近く乗っており、私たちが乗り込むと、「なんで、こいつらは、こんないいホテルに泊まっているんだ」と口々に文句をいっている様子。彼らは歴とした航空記者か経済記者で、どうやら別の格下のホテルをあてがわれているらしい。

ホテルの格付けは、その国の格付けに対応しており、バスは格下のホテルから順々に記者を拾い、パーティー会場に向かう段取りになっているらしかった。エクセルシオールは、上から２番目の格。いちばん格上は、グランドホテルで、当のパーティー会場はそこにあった。そして、アメリカと西欧主要国の記者は、そこに投宿していた。

パーティーには、世界で最も権威ある航空雑誌の編集長なども出席、業界の有名人がずらーっと顔を揃えていた。でも、こちらはただのバンビーノ。勝手に飲んだり食べたりしていると、アリタリアのスタッフが、「あそこで、アサヒシンブンは来ていないのか、と、みんなが騒いでいます」と耳打ちする。「こちらにいる、と言っておきましたから」「？？？？！！！！」

アサヒシンブンを探しているには、香港、シンガポール、エジプトといった国の記者で、欧米主要国の記者の輪に入れなかった人たちらしかった。そして、送迎バスのなかで、「なんで、こいつらはここに泊まってるんだ」と文句をいっていた、その同じ人たち。その記者たちにとって、アサヒシンブンは、自分たちの仲間で、しかも非西欧を代表するメディアという認識のようだった。

「アサヒシンブン、アサヒシンブン」と呪文のようにつぶやきながら、記者たちの輪は、私に向かって縮まってきた。進退窮まる。輪が極限にまで縮まったとき、記者の１人が、「アサヒシンブンの君は、何が専門の記者かね。財政（finance）？　航空（aviation）？」「ポ、ポリティックス（せ、政治ですぅ）」と、とっさに答えると、記者の輪は、「おー」という感嘆の声とともに、すーっと退いて行った。

一世一代のはったりだった。が、「か、観光。ただの、観光客ですぅ（Just　sightseeing）」と正直に答えておいたほうが、きっとうけたに違いないと、あとから思った。