anabukis articles archives

穴吹史士が書いた記事

AICキャスターclick
2001/12/25

21世紀をなめていた
21世紀をなめていた。なんとぱっとしない時代が始まったのだろう、と。期待にしろ、畏怖にしろ、新しい世紀に入ったという緊張感がまるでない。まして新千年紀という感じはとてもとても、と。９月10日までは。

世紀とか、千年紀とか、もともと人間が便宜的につけた区切りに過ぎない。人間の営みの集積ではあるけれど、人間の事情をはるかに超えて組み立てられてゆく歴史が、そんな人為的な区分に配慮するはずがない。2000年も2001年もあるものか、と思っていた。９月10日までは。

半世紀以上生きてきたので、「見るべきほどのことは見つ」などと、身の程を知らずに考えたりすることもあった。９月10日までは。

2001年の大ニュースの第１位に、asahi.comの読者が、９月11日の事件を選んだことに、異論を言い立てる人は、まずいないだろう。2001年はこのテロを契機に、2000年以前と違うフェーズに入ったらしいと、多くの人が感じているに違いない。

私自身は、９月11日、ワールド・トレード・センターに２機目の飛行機が突っ込み、しばらくの後、ビル自体が土煙をあげて崩れてゆく姿をライブで見ながら、ただポカンと口を開けていた。比喩ではなく、ほんとうに開けていた。そのときの気持ちは、まことに名状しがたい。ただ、「営々と築き上げた」という言葉を、しきりに思い浮かべていた。

人は営々と築き上げてきた。組織や建物を。営々と築き上げてきた家庭や会社、家やビルに寄っかかって暮らし、特に不安も感じずに過ごしてきた。その構造は堅固で不朽に見えた。その価値に疑いを差しはさむ余地はなかった。しかし、９月11日以降、営々と築き上げてきたものは、なにかの気まぐれ、たとえば、ハイジャック犯が隠し持ったナイフ１本で、あっさり無に帰すことが明らかになった。

それと同時に、突然、20世紀が「過去」というフォルダーに繰り入れられてしまった。歴史の教科書で、定説の記述を読むように、前世紀に起こった出来事が、それまでと違う見え方で、なにかわかりやすく見えてきた。

2000年のasahi.com読者が選ぶ10大ニュースのトップは、雪印乳業の食中毒事件で、私はちょうど１年前、この同じ欄に、「隣のおねえさんのようにありふれた事件」といった意見を書いた覚えがある。いまから思うと皮相的な見方だった。

その事件は、営々と築き上げてきた日本最大の牛乳会社の経営基盤が、さらにいえば、牛乳という日常的な飲料への信用が、数時間の停電や無神経な経営者のふとした一言で崩壊することを、予言的に示していたのだ。

2001年の読者投票で２位にあげられた国内狂牛病も、同じ文脈で読める。根本的処理を先延ばしにし、自分の責任をとりあえず回避しておこうとする役人の保身術。農水省に限らず、どこの役所にも横行していることだ。それが、明治文明開化の牛鍋以来、日本人の意識に営々と築き上げられてきた滋養信仰を、牛肉の生産機構、流通機構を巻き添えにして、破壊してしてしまう。

９位の外務省の公費ちょろまかしも同様。国会で外務省出身らしい議員が、田中外相に「外務省130余年の伝統、うんぬんかんぬん」という質問を浴びせているのを聞いたが、まさに営々と築いてきた外交の伝統は、鼻くそのようにみみっちいたかり根性に、もろくもぶちこわされた。

営々と築き上げてきたことに、人は不信を抱き始めている。営々と築き上げること自体を、信用しなくなり始めているかもしれない。営々と、といったって、なにを築いてきたのか、なんのために？　そもそもなにかを築くことに意味があるのか？　などと、みんなが考え始めると、これからの時代は手強いものになるだろう。

たまたま読んでいた本に、「私たちは21世紀を語る資格がないことを先ず知るべきだ」という字句を見つけた。アフガニスタンとパキスタンの国境地帯で、ハンセン病の治療や山間無医地区の診療所開設事業を17年続けてきたペシャワール会の中村哲医師の言葉である。「21世紀を迎え、絶望や希望が語られるが、表層の激しい動きにもかかわらず、人間の変わらぬものは変わらない」と中村医師はいう。
v 中村医師が営々と築いてきた医療のネットワークは、アメリカのタリバン攻撃で、いきなり戦場のまっただ中に引きずり出された。アメリカに正当な理由があるかどうかは別にして、営々と築かれたものが破壊されていることは間違いない。

なめてかかっていただけに、21世紀の狂暴な始まり方に、腰が引ける。ややもすれば悲観論に逃げ込みたくなるが、中村医師の言葉に従い、先ず21世紀を語る資格がないと思い定め、語るのをやめたい。もう語ってしまったかも知れないが。