花村萬月 「♂♀」 新潮社　1600円 標題は、一応「オスメス」と読むが、記号はあくまで記号で、言葉に置き換えられないことに意味があると著者は考えており、「おとこおんな」ほか、どう読んでもいい、と腰巻きにある。 腰巻きにはもっといろいろなことが書いてあり、思わずのけぞる──「淫らで、ふしだら。全篇Ｈ」「性だけにこだわった鬼才初のエロ小説」「ひたすら××××。猥褻のきわみ。エロスの深み」 言葉に置き換えられないものを、なんとか言葉にしようとする苦闘なのか、自暴自棄になっているのか、ふざけているのか。あからさまな言葉が連ねてあり、普通のおとなは、ちょっと手を出せない雰囲気がある。私がもう少し若ければ、自分の欲望を書店の店員に見透かされているような気がして、「これください」などと言えなかっただろう。 性に関する規制が、社会的にも法的にも（警視庁的にも、というべきか）、事実上とっぱらわれた観がある昨今、小説家は性描写に悩んでいるようだ。何を書いてもいい、どう表現してもいい。「チャタレイ夫人の恋人」を伊藤整が翻訳する際に苦しんだのとは、全く違う苦しみが、小説家を悩ましている。 この小説は、性表現の地平線の彼方を目指して書き始められたらしい。読者に、あるいは作者自身に、かもしれないが、しびれるような官能の究極の快感を味あわせるために、とことん書いてみよう。 主人公は45歳くらいの小説家で、小学５年から性体験があるものの、決してそれに倦むことがない、いわゆる絶倫男。その男には、主に３人の女がいて、その３人がそろいもそろって、「抽きんでた」いい女。容貌が卓越しているだけでなく、性医学の見地からもまたすぐれた機能を有し、加えて好奇心が旺盛。 しかも、親の金か、自分で稼いだのか、相当の資産を持っていて、男に金を遣わせない。男にできるだけ迷惑をかけまいとするデリカシー、あるいは、自立した精神。主人公は、そんな女たちと、尋常ならざるセックスにふけり、ついには１人を死に至らしめるものの、特に感慨もない様子で、新たな性の形に向かう。 腰巻きの背にもしつこく「究極のエロ小説」とあったが、結局、男の書く究極のエロ小説は、「いい女が次々と現れ」「その女たちが心底自分に惚れ」「あらゆる性の要求に応じ」「だが、金だけは遣わせない」というパターンに陥るような気がする。そんな都合のいい女がいたらなあ、という願望……、この小説が、ただの願望でなく、実話に近いのであれば、作者はつくづく果報者。ちょっと嫉妬せざるをえない。

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あなぶき・ふみお / ７期天国 / 七福会 mail to seventh heaven office