ジェイムス・エルロイ 「アメリカン・デス・トリップ」 文芸春秋　上下各2381円 1963年11月のケネディ大統領暗殺から、1968年４月と６月、マーティン・ルーサー・キング牧師とロバート・ケネディ上院議員の暗殺まで。常軌を逸したアメリカの時代を、著者独特の暗く狂暴な情念で、走り抜けるように書く。 役者。金目当ての殺し屋、ただ殺しが好きなだけの殺し屋、狂信的な思想に取りつかれた殺し屋、脅されている殺し屋、やむなく人を殺してしまった殺し屋。警官と元警官、FBIと元FBI、CIAと元CIA。マフィア、大富豪。公民権運動の活動家、極右の人種差別主義者。ハリウッドのスター、ヘビー級ボクシングの元チャンピオン、同性愛者。 舞台。ケネディ暗殺現場のダラス。カジノの都・ラスベガス。戦争がエスカレートしつつあるベトナム。キューバ奪還を夢見る男たちがたむろするメキシコ湾岸。 小道具。銃とヘロインと盗聴器。いかがわしい道具がもっとたくさんあったかもしれない。しかし、とりあえずこれだけの材料が揃えば、どんな芝居ができあがるか、想像はつくかもしれない。 ３つの暗殺事件については、狂信的な過激思想を持つ人物による突発的かつ単独の犯行ということになっているが、マフィアとFBIが関与した陰謀という説が根強くあり、この小説も同様の陰謀史観に立っている。陰謀にエネルギーを注ぎ込むのは、金と権力へのあくなき欲望と憎悪である。憎悪のほうが、強い原動力。憎悪史観。 FBI長官は、ケネディ兄弟とキング牧師を憎む。マフィアは、ケネディ兄弟とキング牧師を憎む。極右人種差別主義者は、ケネディ兄弟とキング牧師を憎む。カストロを憎む。憎悪の果てに、必ず裏切りがあり、復讐がある。陰惨な殺人。 アメリカの病巣のオンパレード。つくづくたいへんな国だという印象。読んでいて、どっと疲れる。救いは、３人の気丈な女。憎悪に翻弄される男たちが、ひととき安らぎを得るところ。著者の殺された母親が投影されているのか。 アメリカとキューバの入り組んだ愛憎を、この小説で初めて実感できたのも収穫。エルロイの、あるいはその翻訳者の文体に新鮮さも覚える。この書評は、その文体を少し真似る。

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