と、思いつつ、なにか特典があるのでは、という卑しい気持ちが起きて、素直に免許証を見せる。引き換えに、プラスティックの「MEMBERS　CARD」をもらう。裏に、「本カードをご来店の際、かならずご提示ください」「本カードは署名された会員ご本人以外、使用できません」「本カードを紛失・盗難の際はただちに当店にご連絡ください」と、ますます特典を期待させる但し書きが……。

部屋が決まって、エレベーターに乗り込むと、いきなり停電。と思ったら、ブラックライトがついて、蛍光塗料で描かれた絵が、不気味に光る。ますます特典に期待。が、仕掛けはそこまでで、あとはごくふつうの、どこにでもあるカラオケ・ボックスだった。料金は、同じような程度の店とくらべて決して安いとはいえず、特典を受けた印象は、最後までなかった。

カードの裏に番号を打ってあり、何度も通うと特典があるのかもしれない。しかし、まあ、一度で十分。カードを使うことは、もうないと思われるが、捨てるときは、やっぱり、店に連絡しなければならないのだろうか。大阪という土地で、こんな商法が成立し、しかも、見るところ、かなり繁盛しているのに、なにか不思議な気がした。

南仏コート・ダジュールの小さな村にあるカジノで、やはり入場時にパスポートを見せ、名前を登録するよういわれた。カジノだから仕方がない。そこは小規模な賭場ながら、コート・ダジュールで静養するアラブの石油成金が、両脇に美女を侍らせつつ、下駄のように大きな高額の賭け札を張って遊んでいるところだった。

いちばん少額の賭け札で、恐る恐るブラックジャックに挑むも、あっという間に、邦貨で３万円分を巻き上げられ、蒼惶として宿に引き揚げる。翌日の夜、同じホテルに投宿している日本人の女子大生が、連れていってくれと頼むので、また出かけた。

昨夜、ブラックジャックで私を痛い目に遭わせた若いディーラーが、今日はルーレットにいる。前日の敗北で、私は全く戦意を失っており、この日は見物と決めていた。それでも、遊び半分に、最少額の賭け札を１枚だけ、ルーレットの単独の数字に張ってみた。いきなり、その目に来た。最高配当率、32倍。

若いディーラーは、外れ札を手元に回収しながら、その当たり札を指して、「どなたのですか？」と聞いた。「私（セ・モア）！」と叫んだのは、２、３人おいて隣りに立っていた金髪の若い見知らぬ女性だった。なんだこの女は、と思いつつ、私も「セ・モア！」。相手の女性は、なおも「セ・モア！」。まずいことになったと思いつつ、「セ・モア！」。「セ・モア！」「セ・モア！」……。

しかし、ディラーは少しもあわてず、「これは、こちらのマドモアゼルののです」といって、私にウインクして見せた。そのマドモアゼルとは、私のそばで、心配そうになりゆきを見守っていた同宿の女子大生のことだった。ディーラーは、私が少額の札を単独の数字に張ったのを見て、狙って放り込んできたらしい。それで昨夜巻き上げた分を返したつもりのようだった。

「セ・モア」の金髪女性は、近辺のカジノに出没し、カジノ慣れしていない外国人、とくに日本人に当たりが来ると、「セ・モア」と叫んで横取りするので有名な人物、と、後に雑誌の記事で知った。それにしても、わずか3000円程度の配当なのに。また、カジノはなんで、そんな人物を横行させているのだろう。いろいろ不思議には思ったが、「特典」があったので、まっいいか、と。