なくなったリンゴ
2001年9月15日

昭和63年頃の話。当時、大阪21世紀協会と言う団体があった。今でもある。天満橋の近くに事務所があった。

桜の花が見頃のある日のこと、橋のたもとに、青森からトラックにリンゴを満載してやってきていたおじさんが、通りを行く人達に買ってもらうべく、台をおいてその上にリンゴを積み並べた。

モノが間違いないことを知ってもらうために、かねて用意をした「おいしいリンゴ、どうぞ試食して下さい」という看板もセットして、あとは人出を待つばかり。慌ただしかったが漸く段取りができ、今のうちに小用をと、少し離れた公衆便所に出かけた。

ところがである。おじさんが戻った時には、リンゴが全部なくなっていたのである。その日の夕刊には、「ひどい大阪の人たち、かわいそうなおじさん」と小さな記事が出たと言う。「都会はこわい」とおじさんの談話も出たと言う。

その記事を見て驚いたのは、21世紀協会の人達。「おいしいリンゴ、どうぞ試食して下さい」という看板を見て、「ほほう、どれどれ」と連れ立って、一つ一つ持っていったのである。それに続く大勢の人出が、それにならった。一つ目を手にしたのは、大阪府警から出向してきていた警視の方、二つ目は、我が親友のＹ。

先日Ｙと宮崎に遊びに行ったとき、ロードサイドに同じような看板を見つけ、この取って置きの話が出てきた次第。夜の巷の同じような看板をも思い出しながら、「試食」には気をつけましょうと不良中年諸兄に「道」案内をさせていただく。

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逃げ道
2001年9月8日

大学生時代の思い出のひとつ。
大学に入ってすぐ、私は山岳部に入部した。2年生の夏合宿で剣沢二股にベースキャンプを張っていたある日、クラブの先輩で、ある新聞社のカメラマンであった人が合流してきたことがある。当時その人は、４７、８歳ぐらいであったろうか。ニューギニア高地人とかカナダエスキモーの取材に同行して写真を担当した人で、当時としては、秘境を探訪した人ということで、後輩学生たちにはある種の眩しい存在であった。その人が、我々のロッククライミングの様子を写真に撮り、夏山取材ということで新聞記事にするということであった。

二股のベースから、三の窓雪渓をチンネ（標高差４５０ｍの岩峰）の取っ付きを目指して、普通なら２時間の行程を１時間半で登り切ったところ、その先輩は高齢にもかかわらず３０ｍくらい遅れただけでついてきた。さすがに、秘境を歩いた人だけに、体力は若いなと驚いた。ところが、あいにく、一転して雨となり、仕方なく下山、ベースキャンプに戻り沈殿（行動せずテントで待機すること）となった。

遅い時間になり晴れ間が出、上級生が、その人の求めに応じて、直径５ｍくらいの岩にくらいつき、その写真を撮っている。気晴らしに遊んでいるのかと思っていたら、下山して驚いたのだが、その写真が「剣岳・チンネにてロッククライミングをする学生」と新聞に出ていた。それ以来、その人は私にとって、「その人」になった。



３年になり、私は山岳部を退部し探検会という同好会に移籍し、同会の海外遠征調査隊に２回参加した。そして、その第３次調査隊が組成され、その一員として「その人」が参加したのである。３次隊としてはプロの探検家の参加を得て大いに学ぼうと期待したのであろう。

彼らが帰国し、その人が写真入りで新聞の一面を割いた記事をものにしたのだが、これに対して私は、５個所ほど間違いを指摘しながら、全体的な感想を出状した。もともと、やっつけるつもりであったが、その人は見事に怒ってしまい、「君は、先輩を先輩とも思わぬ全共闘みたいなやつだ。そんなことでは、まともに社会人として生きていけないぞ。反省をしたら、いつでもこの手紙を返してやる」と言ってきた。文面を見て、血の気の多かった当時の私は「勝った」と思ったものである。

無印、無名で失うものがない道を歩もうとするスタイルは自分にとって、ある意味では逃げ道でもあった。大学卒業後、｢会社｣という組織に身をおきながらも、このスタイルにいつも逃げ込んでいたように思うのである。

登山、とりわけ冬山登山では、必要な行程と同日数の予備日を設定する。２週間かかる行程であれば、２週間の予備日を設定し、荒天で行動しない日（沈殿）に備えるのである。それでも間に合わず、行程の途中で下山する時はどのルートからと準備する。これを逃げ道と言っていた。

振り返れば、人生も多くの「沈殿」と「逃げ道」の繰り返しで、楽しい思い出も無邪気な自慢話もそこに詰まっている。

穴吹君のお話（「風の穴」９月）に登場した、月真院の笠原和尚のように、「その人」は今も小生のことを気に留めてくれているのだろうか。