本題に入る前に、前回のホールイン騒ぎの続きを少し……。

その日一緒に廻った会計士の先生ご夫妻とは、ゴルフが終わって風呂から上がった後も クラブハウスで祝杯を挙げ続けた。聞けば、ご主人の方は 堺青年会議所（JC）の先輩で、奥様の方は私の母親とゴルフ仲間だと言う。改めて世間の狭さに驚き、新しい人間関係が始まった。

先生にはお子さんがいないので、事務所の所員や親しい友人を大切にされている。毎年、年末になると友人達を自宅へ呼んでホームパーティが恒例になっていたが、この年から私もその仲間入りをする事になった。翌年からは、場所が中之島のロイヤルホテルへ移り、招待者の数も増えて、一層盛大なものとなった。

先生は普段でも「セラーバー」や「天壇」など ロイヤルホテルでは上得意だったから、始まる前には総料理長：米津春日氏が料理の説明を兼ねて挨拶に出て来るくらい中身の濃いパーティだった。

そんなパーティの席へ 或る年、あの長嶋がやって来たのだ。ちょうどその頃は、現役引退後勤めた監督の座を突然解任され、充電と称して何年間か浪人していた頃だったと思うのだが、その年の秋、先生と伊豆の川奈ホテルゴルフ場で一緒にプレーをしたのが縁だったらしい。

私は前もって先生から「長嶋が来る事になっている」と聞いていたのでさほどでもなかったが、パーティの方は本物の長嶋が現れたと言うので、大変な騒ぎになった。

握手を求めに行く者、記念写真に納まる者、と大騒ぎの中でやっぱりこちらも子供の時から憧れだった当の本人を目の前にすっかり舞い上がってしまった。

その後、例のあの調子で挨拶をしたかと思うと、会場にいたのはほんの１時間足らずで、また東京へ帰って行ったが、とに角、その日のパーティは長嶋一色になってしまった。

その頃の長嶋は、浪人中とは言え、講演その他公私共に多忙な日々を送っていたはずだが、この日は、パーティに出席するだけのためにわざわざ夕方の飛行機で東京からやって来たと言う事だった。

当時世間では男芸者とか人気取り男とか言われていたが、会場での様子を見ていると、他人に対する気配り、如才の無いその物腰など、何を取り上げてもこれはやはり人を惹付ける魅力にあふれた立派な人物だった。言い換えれば、自分自身で充分に自分の人気ぶりを理解しており、その上で世間から好かれるためにどうすれば良いかを きっちりと実践している人だと思った。

その川奈ホテルでのゴルフの時も、後で先生から「あの長嶋と一緒にゴルフしてきたで」と聞かされたのだが、「あんな感じの良い男はおらん」と、あまり人の事を誉めないこの先生がベタ誉めだった。

このゴルフも、先生の幅広い人脈のおかげで実現したそうだが、プレー中は勿論、終わってからシャワーを浴びクラブハウスで談笑する間中もずっと、とに角人の注意を逸らさない。そうした気配り・心遣いが身についていて、しかもその事を 全然感じさせない。サラっとこなしてしまうらしい。

もうひとつは、ずっと 先生の奥様を立てる、いわゆるレイディファーストを通すのだが、それがまたちゃんと板に付いていて、取って付けたような所や 嫌みな所が少しも無い、との事だった。

プレーひとつを誉めるにしても、ただ「ナイスショット」と声をかけるだけでなく、「イヤー、奥様のショットのここが良いですね。ここが違いますね」と具体例を挙げて誉められると、言われた方も倍以上に嬉しいものだろう。

シャワーを浴び、場所を食堂へ移しての19番ホール……。女性は、化粧などにどうしても時間がかかるので、男３人が先にビールを呑み始めていたら、最後に奥さんが身支度を済ませて食堂へ現れた。と、奥さんがドアを開けた瞬間に、もう長嶋ひとりが立ち上がってテーブルの方へ歩いて来る奥さんを迎え、椅子を引いて席を勧める、と言ったまるで外国映画の中のようなシーンだったと言う。

さて、19番ホールも終り、お互い西と東に別れ 各々の車で帰路に付こうかと言う時、（さすがに 長嶋の車は、運転手付きのベンツだったそうだが） 東名高速の入口へ行くと、先に着いて車の中で待っていた長嶋が、挨拶のためにわざわざ車から降りて来たかと思うと、大阪方面に向う先生の車に向って「どうかお気をつけてお帰り下さい。本日はどうも有難うございました」と最敬礼したと言う事だ。

ウーン、脱帽！ 出来る男はこの辺が違う!!
……だから長嶋は永遠のヒーローなのだ……。

1998年11月12日記