"この味がいいねと君が言ったから
七月六日はサラダ記念日"

俵万智の「サラダ記念日」が一世風靡をしたのは１５年ほど前のこととの記憶がある。「徳兵衛年譜」で言うと「おさん」の時代である。

いままで「徳兵衛」をご愛読された方は、"サラダ記念日"を"カラダ記念日"ともじる気かと思われたかも知れぬが、あまりに安易すぎていただけない。



先年、女史の第三集の「チョコレート革命」が出版された。ドラマ化もされたのでご存知の方もいられよう。
こちらは「道ならぬ恋」、今様で言う「フリン」を背景とした歌で綴られており、徳兵衛をしてうならせる。
秀作・佳作が多々ある。今後、折りに触れ引用していきたくと思っているのだが。ここで２首ばかりご紹介したい。

"知られてはならぬ恋愛なれど
また少し知られてみたい恋愛 "

"さりげなく家族のことは省かれて
語られてゆく君の一日"



ともあれ、お初は"記念日"好きである。何でも記念日にしたがる。そしてかなりこだわるのだ。
徳兵衛にしても覚えるの苦労する。カレンダーに印をしようにも一年も二年も先のカレンダーが手元にありようがない。

誕生日などは当たり前だし、クリスマスなどは万国共通であるから論外である。
やはり、行き着くところ、最重要は"カラダ記念日"か。
次点ははじめての"Ａ"の記念日。"初デート記念日"などというのもある。
その他、お初にとっての想い入れで記念日が…。
旅行の記念日は写真の日付で分かるのだが。
お初のお気に入りのＣＤコンポは裏に日付ラベルを貼らねば…。スーツの方はハンガーにでも印を入れとくか。
そのうちに、"けんか"も"便秘解消"も記念日になるかも知れない。



お初の頭の中では"初デート記念日"が「お見合い」の日と同意語になっているらしい。
"初チュー記念日"が「結納」に、"カラダ記念日"が「結婚記念日」に当たるのだと。

徳兵衛は古風な男であるから、「お見合い」と「結納」の間はかなりの日にちの間があいているのだが、"結納記念日"と"結婚記念日"の日程がかなり詰まっている。
徳兵衛は"結婚記念日"には通常よりグレードアップした所で夕食の席を設け、一応プレゼントも用意する。

ところが、お初が"結婚記念日"が年に一度じゃつまらないと言い出した。とどのつまり、毎月の行事となった。お初と徳兵衛の間ではその日を「ご命日」と呼ぶ。
全く持って難儀なこっちゃ。
徳兵衛は亡父の命日すら忘れがちであるのに。



とにかく、"ご命日"が確定したのだが、毎月、外食とプレゼントでは徳兵衛もたまらぬ。結局、"ご命日"には"おうち"でワインぐらいは用意して手料理で祝う事となった。
モチロン、料理を作るのは徳兵衛である。

徳兵衛は上手ではないにしろ、料理好きであるから苦にはならないのだが…。お初は若いのに米飯党なのだ。
おいしい白ご飯がお望みである。
"ご命日"には徳兵衛は朝早く米を研ぐ。出勤の準備の間に一旦研いだ米をザルで乾かし、出かけに炊飯器にいれタイマーをセットする。こうすれば夜には水を吸ったふっくらご飯のできあがり。記念日の銘柄は"魚沼産のこしひかり"。

"この味がいいねと初が言ったから
毎月六日はおこめ記念日"

●徳兵衛の艶詠
艶づきてためらいおつるもみじかな

"起きて半畳、寝て一畳、たらふく食っても二合半"

これは、太閤秀吉の晩年の言葉といわれている。
栄耀栄華を極めた秀吉の言葉であるだけに興味深い。
人間、欲を無くせばこんなものかもしれない。

お初と徳兵衛の"おうち"は、「板張り」の１ＤＫのである。
オシャレに言えば「フローリング」というのであろうか。
お初の要望で、バス・トイレはセパレーツ、三角出窓があり、洗濯機と小さな物置の置けるバルコニーが付いている。
縦型の物干しも一応置ける。
"実家"に比べれば、問題なく狭いが住めば都である。

半径１００ｍ以内で生活必需品がすべて揃う。
前述の"洗濯やさん"もその中に属する。
目の前が駐車場であり、車の出し入れも至って便利。
部屋から車も見えるし、車から部屋のあかりが見える。



駅まで徒歩三分。北と南、そして西の広い通りから一本東の道に面しているから、車もほとんど通らないし、人通りも手ごろである。セルフロックになっているので訪問販売の煩わしさもない。

徳兵衛のお気に入りは、角を曲がれば「焼き鳥屋」のある事。味も気にいっているが、地酒の種類もかなり豊富。
お初はもっぱら「チューハイ」であるが、徳兵衛は這っても帰れると思うと、ついつい飲みすぎる。

近頃、お初は徳兵衛がもう少し飲みたいときに、指を２本突き出す。Ｖサインではない、節度のサイン。
"お酒と女性は２ゴウまで"

●徳兵衛の艶詠
肩に頬しなだれ揺れる尾花かな

［著者よりひとこと］　この徳兵衛の話は、フィクションであり、登場人物も架空の者であります。なお、暫く休載中にＭ君の方に問い合わせのメールが入ったとか、紙面を借りてＭ君に誤解の釈明とお詫びいたします。

" バラの木にバラの花咲く 何事の不思議なけれどバラの花 "

若き日の徳兵衛にとって、ラーメン一杯と一本のバラが価格的に変わらないのが何とも不思議で納得がいかなかった。
花より団子というわけではないのだが、当時、硬派でありバンカラを良しとしていた徳兵衛には、花を贈る事もなかったし、花を貰って喜ぶなどというのは"たあいもなき"事という感覚であった。
註）"たあい"は"たわい"ともいわれ後者の方が多用されているようであるが、ここでは文の流れから"たあい"とする。

さて、徳兵衛が三十路過ぎた頃から、元来、"純愛志向"の彼も悪友に恵まれたせいもあり、ネオンにロマンを求めるようになると、"情愛志向"へと変化していった。体よく言えば人情の機微を体感し始めたのである。
又、花が思いのほか女性の喜ぶ負担を感じさせない贈り物である事を知った。



そういった環境のもと、四十手前の頃は「おさん（相模屋）」と暮らしていた。「おさん」はふたりの住まいを"おへや"と呼んでいた。
「おさん」についての詳細は長くなるので次の機会に譲りたい。

その頃、「おさん」と徳兵衛は浪花の歓楽街に酒とともに「おさん」流にいう"いこい"と "夢"を売る店を出していた。
註）"いこい"といっても煙草ではない。

ある日、「おさん」の店に「お里」なる新人が入ってきた。
涼しげな目、こづくりな輪郭に程よく合った受け気味の小さなくちびる、これをして"楚々たる"と表現すればよいのだろうか。

いつも通り、カウンターの片隅に客を装った徳兵衛の前に「おさん」に連れられ「お里」がやってきた。「おさん」は「お里」のことを二十歳であり、この仕事は始めてなのでよろしくと紹介をした。店に不慣れな新人を和ませるのも徳兵衛の役目であった。



「お里」の年代に合った話題を展開させていく中で三日後が「お里」の二十一歳の誕生日である事を徳兵衛は知った。その日に店に来る事を「お里」と約束して徳兵衛は店をでた。

「お里」の誕生日の当日、徳兵衛は手ぶらで「お里」の前に顔をだすのもはばかられ、贈り物をあれやこれやと思案した。「おさん」には事情をはなし了解は取ってあるものの、想わせ振りな品物も「おさん」の目も憚れた。結局、徳兵衛の頭の中では花が無難となった。

花屋へ立ち寄った徳兵衛は、「お里」の年の数と同じ２１本のバラの花束を持っていくことを思い付いた。しかしながら、花屋にバラの花束を注文すると一本５００円もするというではないか。端数を値切ると意味が薄れそうで、消費税を負けてもらった。

徳兵衛は、初土俵の力士よろしく緊張の中に威勢を張って店を訪れ、「お里」にバラの花束を手渡した。その折の「お里」の感激が記述に余りあったことは言うまでもない。



時が移り、「小春（徳兵衛の正妻）」の誕生日がやってきた。 「お里」の折に味をしめた徳兵衛は「小春」にも花を贈ろうと考えた。しかしながら、「小春」の年の数と合わせたバラを購入するには出費が大きすぎる。また、二番煎じというのもいただけない。

思案の内、花屋に立ち寄った徳兵衛の目に「小春」に最適な花が飛び込んだ。"カスミソウ"である。可憐な花ではないか。
何たって経済的である。一枝に花がいくつもついている。
「小春」が百になっても大丈夫。数本で事は足りる。
それでも徳兵衛はおもいきって一万円分の"かすみ草"を買った。
山盛りあった。

車の助手席に"かすみ草"の花束を乗せた徳兵衛は勇んで帰途についた。「小春」に何て云おうと考えながら。
白髪の数に見合ったなんては冗談がきつすぎる。
花の数ほど愛しているなんては気障過ぎる。
（でも、云ってみようか　とも思う）。

徳兵衛が"実家"のチャイムを鳴らすと「小春」が出てきた。
（徳兵衛は"帰るコール"は基本的にはしない。「すべきでない」と言うのが徳兵衛の父・八兵衛の遺言である。ただし、空腹感がひどい時は例外である）。



"かすみ草"の花束を見た「小春」はいぶかしげな目付きであったがそれを差し出すと驚きの目に変わり、喜びの目に移るのにほとんど時間がかからなかった。「小春」の思いのほかの喜び様に徳兵衛はおもわず右手の指を折り、爪を下唇に当てるのであった。
（メデタシ、メデタシ、いくつになっても誕生日はめでたいのである）

徳兵衛の場合、時として"情愛"がふたつあるのであって、"他愛"ではない。"二愛"なのである。（直近では、Ｏｈａｔｕ＆Ｋｏｈａｒｕ）。
［銀座に"三愛"があった記憶があるのだが］。

●徳兵衛の艶詠
残り香のしとね指し舞う蛍かな

［解説］　睦み終えし後、ふと庭を見ると蛍が数匹。こちらを指し照らすかのようにみえる。
「見ちゃった、見ちゃった。ヤリよった、ヤリよった」
と、あたかも囃したて舞っているように思えることよ。あなはずかし。

●徳兵衛の素朴な疑問
今年も、お盆が過ぎた。お盆の間にお墓に参られた方もいよう。
徳兵衛も「小春」とともにお墓参りをしたのであるが。
お盆の前には"迎え火"をして家に霊を迎える。お盆の間は先祖の霊は家にあるわけだから、お墓は空家になっていることになる。
さすれば、お盆の間の墓参りは意味があるのであろうか？

" 月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也 "

ご存知！ "奥の細道"の冒頭である。
言われてみれば、徳兵衛の人生そのものが旅なのか。
さりとて、芭蕉の如く、旅立ちの度に家を売り払い身軽な旅をするわけにはいかない。 "しがらみ"と云う名の柵の中で、"放し飼い"を楽しんでいると云った方が良い。

基本的には、徳兵衛は気ままな一人旅を志向している。
ところが、実際には同行者がいるのが常である。それが男性であることは、これまた皆無に近い。もっとも、近頃はお初と同行が圧倒的である。
徳兵衛は、旅とは"日常性の打破"だと思っている。（最近はお初との暮らしもかなり日常性を帯びてきた）。

徳兵衛は、お初との"想い出づくり"の企画はすべて自分自身でやる事にしている。企画段階で既に"夢とロマンとときめき"の世界に浸りきってしまう事もしばしばである。
只、宿の手配、時として交通機関の予約は、カード会社のゴールドデスクに頼む事にしている。年会費は高いが便利さには換えられない。

以前は、ガイドブック片手に直接予約していたが、断られるケースがしばしばあった。さすがクレジット会社と云うだけあって、信用力は絶大である。

それに、何と云ってもこちらの立場を理解してくれているのか、よく気を遣ってくれる。
「チケット・パンプレット等は、ご勤務先に送らせていただきましょうか。」
と来るからうれしいではないか。



徳兵衛は、いくつかのカードを持っているが、"お初関連"の出費は「ＶＩＳＡ」カードに決めている。 勿論、他のカードとは引落し銀行が別である事は言うまでもない。
"実家"での家族用は「ＪＣＢ」、徳兵衛個人用は「ダイナーズ」と分けてはいるが、不況の昨今、会社・おうち・実家の"トライアングル"の移動に終始する日々が続き「ダイナーズ」の使用はゼロが続いている。

さて、先年にお初と金曜日の夜から、二泊三日の山陰方面を企画した。
旅行前に、お初にカードを持っていくように云っておいた。お初は普段ほとんどカードは使わないが、只一枚「ＪＣＢ」を持っている事を徳兵衛は知っていた。「ＶＩＳＡ」は携帯していくが、自身の「ＪＣＢ」の使用を避けたいとの思いからであった。

ところが、二泊目の夜の事である。二日間の車の運転でかなり疲労の出ていた徳兵衛が床に就こうとしたら、脇でお初がムクレテイル。
徳兵衛にすれば不審であった。徳兵衛の企画通りに旅行は経過しているし、お初の気持ちを汲んで一通りの事はしてきたはずだ。

いぶかしげな徳兵衛の顔を見ながらお初は、
「何の為にカードを持ってこさせたのヨォー」
と云いながら、旅行カバンの中から"トランプ"を取り出した。

（そんな奴おらんやろ、てか？）

●徳兵衛の艶詠
指つたうすずらんいとし涙露

徳兵衛はマスコミへ顔を出すのを避けてきた。
ごく平凡な一般人であるから、めったにそう言う機会はないのだが。それでも新聞に一度、テレビに一度、出場しそうになったがカンベンしてもらった。

徳兵衛としては気安く引き受けるわけにはいかないのだ。徳兵衛には「苗字」がいくつも存在するので、読者・視聴者を混乱におとしいれるおそれがあるからである。

徳兵衛の本姓は、「平野屋」であるのだが、お初の"おうち"の界隈では「天満屋徳兵衛」ということになっている。
"お紋"の時は「播磨屋」であり、"おさん"の時は「相模屋」であった。

「床屋」「投球場」「空桶」の予約には相手方の姓を使っている。ビデオ屋さんもそうであり、スーパーのスタンプもそれで貰っている。
なによりも「駐車場」に「天満屋」の名前が書かれているのだから致し方ない。
だから、"おうち"の界隈では、「天満屋」のご主人ということですまして歩いている。

しかしながら、徳兵衛の本姓を名乗らざるを得ないお店がある。表題を見てお気付きであろうが、それは"洗濯屋さん"である。好事家のいう「洗濯屋ケンちゃん」とは異質であるが…。



背広のネームが「平野屋」であることは勿論だが、ワイシャツの襟下の墨入れが問題。墨入れは洗濯屋さんでなされるのが通常。受付名が「天満屋」で「平野屋」のワイシャツというのもまぎらわしい。
なによりも、新品に「天満屋」と墨入れされるのも困る。それじゃ、『地域限定』のワイシャツになってしまう。

反面、"極楽トンボ"の徳兵衛はひそかに屋号のいくつも並んだワイシャツの出現を空想している。自分史的価値があるのではないかとか。

洗濯屋さんはどれが本当か迷うだろうなぁって。
選択の自由でまぁいっか。

●徳兵衛の艶詠
こいのぼり風吹くままに寄り添いて

●徳兵衛のことわざ・格言
厚生省認可その２
待つほどにこうべを上げる稲穂かな
論より凝固
身乗るほどこうべを差し出す稲穂かな
突きにスッポン
出ずれどもこうべを垂れぬ稲穂かな
抜か二茎（糠に釘）

お初と徳兵衛の部屋を彼女は"おうち"と呼んでいる。
また、彼女は徳兵衛の妻子のいるすまいを"実家"と呼ぶ。
お初の頭の中では、徳兵衛が"実家"より"おうち"に嫁いで来ていることになっているらしい。
なるほど、表札はお初の名前になっている。

あるとき、お初が徳兵衛に実家の"間取り"をたずねた。
徳兵衛は筆と紙を取り出し、略図を描きながら説明を始めた。
「玄関がこうなっていて、居間がここで、台所が隣接し、客間がこの位置で 浴室、お手洗い……」
一階の図面が完成し二階へいこうとして、徳兵衛の手が止まった。
彼は大変なことを思い出したのだ。

以前、徳兵衛はお初に聞かれるままに、実家では個室に一人で寝ている と答えていたのある。実際は、女房の「小春」とは夫婦同室なのだ。
徳兵衛の実家の二階は寝室とふたつの子供部屋があり、合わせて三部屋なのだが……、
突如として図面上、いびつな一部屋が出現することとなった。
一階部分よりはみ出した、入口のない一部屋が。
もし聞かれたら「ロフト風」としか答えようがない。
なんとも、「間の悪い」話である。

●徳兵衛の吟詠
桜舞う浪花の恋や京の夢

●徳兵衛の艶詠
春や春耳もとすがし膝枕

過去川に流れし姫路とき明石
須磨ぬ仏と鳴尾浜かな