父はとてもお洒落な人でした。（4人の子供たちの誰にもその資質は受け継がれなかった）。私たちが中高生になる頃には、さすがに着流しで出かけることはなくなったけれど、頻繁にダブルの背広をお誂えで作っていました。替えズボン2本と共布のベレー帽２個もいつも一緒に・・・。

ある時など、大阪のＤ百貨店で服を誂えた折に、店の手違いでベレー帽の分の生地を紛失してしまったことがあって大騒ぎ。ベレー帽なんか、どうでもエエがな、と私などは思うけれど、父は断固許せなかったみたいで、大ゴネにゴネたらしく、Ｄデパートのエライさんが数人、早朝から車で、うちまで謝りに来たこともありました。とにかくお洒落でエエカッコしーのマーさんではありました。

そのマーさんの経営する会社もだんだん傾いてきて、いよいよ資金繰りに困ってきたらしい、と母から聞いたので、自分の勤務先の共済組合から目一杯の借金をして、電話で「お父ちゃん、よかったら、使って」と言ってみたら、信じられないことに「済まんな」と。まさか、あのエエカッコしいのマーさんが、娘の調達できるようなわずかなお金を借りにくるとは！　私の方が驚きました。よっぽど途方にくれてたんやな、可哀想に。

私の勤務地だったＴ市の喫茶店で待ち合わせて、そのお金を手渡した時の父の顔は忘れられません。お互い、結構バツが悪いものがあって、ちょっと雑談をして「じゃ」と別れる際に、「お父ちゃん、これから家へ帰るの？」と聞いたら、「イヤ、ちょっとウメダへ寄って・・」と。（「コラ、コラ、そのお金で飲んだらあかんでー」とは、咽喉もとまで出かかったけれど、さすがに言えませんでした。ちょっとぐらい飲んでもエエしな。）

その後、奮闘むなしく、マーさんの会社も倒産寸前。父は引責辞任。住んでいた家も全部売って、借家住まいになるのだけれど、それがまた、母の大反対を押し切って、夙川沿いの瀟洒な邸宅を借りちゃったりして・・毎月びっくりするような家賃を払ってるの！　どうしてそうなんかなあ。もう。

でも2年半後にその家から、父の葬式を出すことになった時に、母は「たぶん、お父ちゃんは、わかってはったんやなあ。その頃は病気の自覚症状も何もなかったけれど、自分なりに何か感じてはったんやね。それで、こんなご大層な家を借りる気にならはったんやなあ」と。

そうかもしれんけど、マーさんの見栄っ張りやエエカッコしいのところって、今もって、ようわからんわ。見栄なんか張ってたらしんどかったやろうに。ありのままのマーさんで行けばよかったのに・・・。