父は、買い物好きな人でした。赤い灯青い灯の巷をウロウロしては、実にいろんなものを買ってきました。一芳亭の一口シュウマイ、押し寿司、鯛鮨、鯖鮨から、ミニチュア洋酒セット、「王様のアイデア」の店の商品、壁掛けの「温度・湿度・気圧計」までゴタゴタと・・。

ある時、母にヒスイの指輪を買ってきました。母は「珍しいこともあるものやなあ」と、とても喜んでいました。ところが、しばらくして、心斎橋の宝飾店から、うちに請求書が届きました。母の指輪のと、もう一枚。ゼロがひとつ多いような値段の指輪の請求書が・・・。一体、誰にプレゼントしたのやろ？（それにしても、どんくさいヤッちゃな、お父ちゃんは！　会社に送るはずの請求書を家に送らせたりして・・その、どんくさいとこは、私にそっくりです）

その後、両親の間で、どんなモメゴトがあったのか、中学生だった私の関知するところではありませんでした。

子供たちの服を買ってくるのも大好きでした。「ちょっとトクちゃん、来てみ」とか、子供を呼んでは、後ろを向かせて、自分の手指を尺取虫のようにして、肩幅を測ります。それを覚えておいて、難波あたりで服を買ってくるのです。

私が高校へ入ってはじめての冬、通学用のコートもそうして父が買ってくれました。黒地に細かい白と赤の霜降り模様が入ったもので、今もはっきり目に浮かびます。ある先生に「無地でないからよくない」と注意されましたが、聞かずに、3年間冬はそのコートで通学しました。父が勝手に買ってきたものの中で気に入ったのは、そのコートぐらいのものでしたが・・・。



父は無類の女好きでもありました。最後の入院の時にも、Ｍさんという美人看護婦さんを、とても気に入っていました。

手術の日の朝、手術室へ行くのに、担当の看護婦さん二人が父をストレッチャーに乗せて押して行こうとしたら、偶然横にいたMさんを指差して、「ワシ、この人に連れて行ってもらう」と駄々をこねたそうです。（お父ちゃん、『指名』はきかへんのやで、病院ではな！！）

担当の看護婦さんたちは怒って詰所へ帰ってしまうわ、母は傍で気を遣って赤くなったり青くなったりしているわで、結局、気の毒にＭさんが一人でヒョロヒョロしながら、ストレッチャーを手術室まで押して行ってくださったそうな・・。（ほんとに、しょうのないマーさんや！）

手術後、父は「Ｍさんには世話になった。お礼のプレゼントをあげたい。例の『温度・湿度・気圧計』をデパートから送ってあげて欲しい」と私に頼みました。

「送るのはいいけど、気圧計なんか、若い女の人は喜ばはらへんて！　違うものにしたら・・」としつこく言ったのに、父は断固「温度・湿度・気圧計」に固執して、どうにもなりません。ついに説得を断念。

で、母と相談して、デパートから、若い女の人が喜びそうなものを勝手に選んで送りました。事情を書いたお手紙を添えて・・・。「父の前では気圧計をもらったことにしておいて」と。

数日後、病室にその看護婦Ｍさんが入ってきます。「先日はどうも結構なモノをいただいて・・・」

「な、よろしやろ。あの気圧計。天気が崩れてきたらいっぺんに分かるんや。表示の色が赤くなってくる、そしたら雨でっせ」（そんなもん、どこがよろしねん。天気予報を聞いたらええのやんか）

「はい、とても便利なものを、どうも・・・」と、殊勝に微笑む看護婦Mさん。

それを見て、ニコニコして、鼻の下を長〜くしているマーさん。（なんや！　もう死のかちゅうてる時に、ほんま、度し難い人やなあ！）

お父ちゃんの最後の頼みやったのに、その通りにしてやらなくて悪かったかな、と、今でもチラと思います。

でもねェ、うちの客間に今もあるけれど、あの気圧計ばっかりは、もらってもなァ・・・。