箕面の実家が転居することになり、このところ家の片づけのために、東京と大阪を行ったり来たりしている。先日、納屋の整理をしていたら、万博関係の写真（若い！）や書類のほか、大学を卒業した1969年に渡欧・渡米した時のパスポ−トと実家に宛てた絵はがきの束が出てきた。

その中に、「驚かないで下さい」という書き出しで始まる１枚の葉書があった。

当時、神戸灘生協の理事をしていた60歳の女性が渡欧なさるのに、英語が出来ないので、誰かついていってくれる人を探していらした。縁あって、私が行くことになり、69年８月、横浜から船に乗ってナホトカへ。ハバロフスクまではシベリア鉄道、そこから飛行機でモスクワへ。チェコスロバキア、北欧など、そのころ日本人がまだあまり行かないような所を旅していった。


ドイツのハンブルグで生協関係の会議（専門の通訳がついた）が開かれている間、私は解放されて、自由な時間を持てた。アメリカ東部に住んでいる伯母を訪ねようと思い立ったのは、いつだったのだろう。暇な時間にアメリカ領事館を訪ね、ビザの申請をしていた。

ほかの人が名前を次々に呼ばれていく中、私の順番がなかなか来ないので問い合わせてみた。日本人の女の子は、渡米すると、結婚したりして、そのままアメリカに残ってしまうケ−スが多いらしい。人口を増やさない努力をしているアメリカには、必ず帰国するという条件が必須だったのである。そのため、日本人の若い女の子だけは面接が必要だそうで、もう少し待つように指示される。

１時間も２時間も待たされたような気がする。やっと、副領事（30歳位の若い人）との面接が始まった。

大学４年の時、70年の大阪万博のホステスに決まっていた私は、その仕事があるから、必ず帰国すると断言。といっても、何の証拠もない訳で、彼はニヤリと笑って、ほんと？と言わんばかりにウィンクをしてみせた。


高校生の時から、伯母を頼って渡米することを考えていた私は、ずっと手紙で交流していた。何かの機会に、伯父（ジョ−ジ）と伯母の年収まで書き込んだ伯母からの手紙をもらい、なぜかいつも大事に携帯していた。それを見せると、「こんな物を持っているということは、最初から計画していたのではないか」とかえって疑られたが、何とか無事にクリア。ビザを手に入れた。

次は、飛行機の切符の入手である。日本航空へ行き、受付の男性に事情を話した。ちょうどその日（！）、日本から万博ホステスを紹介する英文雑誌が、オフィスに届いていた。それに載っているか、と聞かれる。

開いてみると、もちろん載っている。それも写真付きで。彼は完全に信用してくれて、切符の代金は後日、日本から送金してもらうことを了承し、伯母に連絡しておくことまで約束してくれた。

ハンブルグまでご一緒した方の承諾を得たのは当然だが、旅行の付き添いに行きながら、最終地点でバイバイとは、思えば無責任なひどい話である。


パリ経由で、ニュ−ヨ−クの空港に着いたときには、伯母夫婦が迎えに来てくれていた。連絡の電話が鳴った時、伯母は家を出ようとして玄関の鍵をかけた途端で、慌てて引き返して間に合ったのだという。大胆な娘っ子に対する警鐘である。

翌早朝、与えられた部屋のベッドで寝ていた私に聞こえてきたのは、伯母と、驚いている両親との電話のやり取りだった。それから実に３カ月間、居候生活が続くことになる。そこでの生活ぶりは前に書いたので端折るが、溺愛娘に対する父からの度々の「帰れコ−ル」に負け、泣く泣く帰国したのであった。

今回見つかった30年前の写真と、その絵はがきを見ながら、「驚くな、なんて、驚いたわよ！」という母。絵葉書とほぼ同じ年数を経て、両親は、今この家を離れようとしている。