「三鷹市上連雀＊＊番地」。はじめて会った若い女の人が私の手帳に書いてくれた住所です。その人の名前も顔もハッキリとは思い出せません。上連雀とは面白い地名だなあ、と思ったのでその住所だけは印象に残っているのです。

その人とは、1966年11月13日、私の20歳の誕生日に秩父宮ラグビー場で出会いました。

誕生日をどう過ごしたかなんて、たいてい覚えていないのですが、この日のことだけは鮮明に覚えています。秋の冷たい雨がショボショボと降る日でした。ラグビー場も閑散として、その日の対戦校の応援団らしき人達がパラパラと寒そうに座っているだけでした。（どこの試合だったか、それも忘れました。中央‐法政だったか、青学‐中央だったか、自分とは特に関係もない対戦カードでした）。

なぜ、そんな寒い雨の日に、よりにもよって秩父宮ラグビー場などに行ったのか、当時も今も、よくわかりません。あえて言うならば、つらい恋心のせいだった、としか言いようがありません。大学前期３年間のすべてをかけることになる片恋の真っ最中であった私は、その日なぜか秩父宮へ行けば、その人に会えるような気がしたのです。

そんなはずはないのです。彼はボート部の2年先輩で埼玉県戸田の合宿所にいることが多かったので、いくらオフの日とはいえ、そんなところに来るわけはないのです。ただ、その人は東京のＫ高校時代ラグビーをしていました。それだけがその日秩父宮まで行った理由といえばいえるかもしれません。

もちろん、彼が来るわけもありません。20歳の誕生日だというのに、傘をさして、座席からしみてくる冷たい雨に下着まで濡れながら、しょんぼり、それでもグランドの試合を見ていました。すると、ちょっと横に、同じような年格好の女の人が一人、やはりポツンと座っています。ハーフタイムになんとなく眼があって、どちらからともなく寄って行って並んで座って話をしました。



ほっそりとした、長い髪の人でした。女性のラグビーファンなどほんとに少ない時代でしたし、まして寒い雨の日です。「オタクどちらから？」「私、巣鴨・・。この大学のファンですか？」などと話したのでしょう。その人も、その日の対戦カードとは何のゆかりもない人で、「ただ見に来た」と。後半も傘の下で震えながら二人並んで観戦。試合終了後、二人で駅まで歩いて帰りました。その間のどこかで、お互いに住所や名前を教えあったのだと思います。

その後、彼女には連絡もしなかったし、ラグビー場でもどこでも会いませんでした。でも三鷹市上連雀という地名を見たり、聞いたりするたびに、その人のことを思い出します。自分の二十歳の誕生日の、暗くて寒くて、わけもなくみじめだったことも一緒に・・・。

36年後の誕生日に、そういう場面を思い出すと、「私ってネクラもネクラ。しかも相当のマゾだった？」と思ったりするけれど、「いやいや青春というのは、そもそも、そのようにワケもわからず、アホらしく、無駄で無惨な時代だ」とも思います。

その頃は、助山やY君たちと飲んでイチビッては、アホしてまわっていた頃でもあるのです。その明暗の大きな落差も、また青春の姿なのかも・・。

それは、たぶん今の若者もたいして変わらないような気もするけれど、一方で、昨今の「インターネット心中」の記事を読んだりすると、「寂しいなあ、あまりにも孤独で無惨すぎるなあ」と、ため息がでてしまうのです・・。