食べ物って、不思議に「思い出」としっかり結びついているものですね。

子どもの頃食べた物は、すべて「黄金の味」でした。台湾バナナ、角砂糖、ラムネ水、ミルクキャラメル、夜店の真っ赤なリンゴ飴、一銭洋食、飴細工の動物、赤や青のわらび餅、アイスクリン・・。
（たぶん着色料ゴテゴテのヒドイ物も食べていたのです！　でも、10円玉を握り締めて駄菓子屋に駆け込んで買ったものは格別美味しかった）。

天神祭りの花火見物の時、父の知人に飲ませてもらった「喫茶店のミックスジュース」は最高でした。「世の中にこんなオイシイもんがあるのか！」。その味は今も、頭上から降り注ぐ大輪花火の豪華な色とともに忘れられません。

高１の淡路島臨海学校で、遠泳の途中にもらった「アメ玉」のショッパイ甘さ。たしか、伴走船から泳いで持ってきてくれたのは七期のＩ．Ｉ君だったような記憶が・・。疲れて溺れそうになっていた私は、あの一粒のアメ玉で気力が湧きました。Ｉ君、アリガトさんでした。

「酢豚」。これは、今亭主になってる男がはじめて下宿に来た時に、私がオッカナビックリで作った料理です。4畳半一間に30ｃｍ四方の流しと、ガスコンロ１個あるだけの部屋。その超手狭な台所で、髪ふり乱し悪戦苦闘して作ったものの、片栗粉を入れるタイミングを間違えて、変にモロモロパサパサの「粉吹き・野菜炒め風酢豚」にしちまった！　まあ、食べて食べられんことはなかったけれど・・。これで不縁になっても致し方ない料理ではありました。

そして、「ポークソテー」。大学時代の３年越しの片恋もついに終盤を迎えつつあった頃のことです。（と言ってもその先輩との間に何があったわけじゃなく、告白前も告白後もあくまで私の一人相撲ではあったのですが・・）。



ある日、練習に通っていた埼玉県戸田のボート部合宿所で、私にとっては「あー、もうこの恋はあきらめるよりない」と思わせられるような、かなり決定的な事がありました。そのダメージがコタエて、帰りのバス停まで身体を引きずるようにしてようやくたどり着いたものです。

当時「戸田ボートレース場」から都内へ行くバスは2つあって、「池袋行き」と「東京駅行き」。私以外の友人はみんな池袋行きに先に乗り込みました。すぐ後に来た「東京駅行き」に、ひとり乗り込むと、私はすぐに座席で目を閉じて、その日の失恋のつらい場面ばかりを反芻しては泣きそうな気持でいました。

巣鴨駅近くの「新庚申塚」で下車。トボトボと下宿への道を歩き出した時、後ろから「トックン！（トクコという名からの私の当時のニックネーム）」と呼ぶ声が。なんと、先に池袋行きに乗り込んだはずの友人、Iさんが立っています。「あれ、どうして？」「なんだか気になって、次のバス停で降りて東京駅行きに乗り換えたのよ。あなたがあまりにつらそうな顔で目を閉じているから、声をかけそびれた」と。

そのまま、二人で黙って下宿まで行くと、私は友達のいるのもかまわず、布団を引きずり出して、パッタリと倒れるように寝込んでしまいました。Iさんが出たり入ったりして何かゴソゴソしていたけれど、「こっちはそれどころじゃねーや」と、布団をかぶったままでした。

失恋して死ぬような思いでいても、情けないことに、やはりお腹がすくもので、夜中にはついに起き出してしまいました。電気をつけると、部屋の片隅の小さなテーブルの上に、料理がひっそり並んでいました。

パンとポークソテーと、出始めたばかりの高価なイチゴ。あれから裏の商店街・霜降銀座へ買い物に行って、それだけ作っておいて、Iさんは何も言わずに千葉の自宅まで帰っていったみたいでした。その冷たくなったポークソテーをしみじみと食べました。ろくな調味料も置いていないのに、ソースと醤油と砂糖で上手に味つけてありました。

以来、あの「醤油ソース砂糖まぶし・ポークソテー」こそ、私にとっては特別な料理になったのです。

もちろん、今にいたるまで、私にとっては無二の「チングウ・Iさん」です。

（彼女は、大学を休学して世界中を放浪したのですが、アフリカのどこだかへ行く時に、殷人先生の古玩城における宿敵、かの森本老師の著書を読み、電話で相談したそうです。老師から「女性が行くのは止めたほうがいい」とのアドバイスを受けたものの、止むにやまれぬ気持の方が勝ったとみえて、彼女はやっぱり出かけてしまいました。帰国後、「夜、トゥアレグ族（？）のテントで寝ているとネ、砂漠の砂が流れていく音がサラサラサラサラーと聞こえるのよ。あれがすごかった」と言ったのが印象に残っています）。