通天閣歌謡劇場は、通天閣の筋向い地下にあります。階段を下りて劇場に入ると、中はうす暗い。隅っこの切符売り場で歌謡ショーの切符（1500円）を買います。ステージといっても教壇を数倍したような感じの広さ。客席は、だだっ広いコンクリート土間にパイプ椅子・丸椅子が百個ほど乱雑に並べてあって、後ろの方には桟敷席があるみたいだけれど暗くてよく見えない。昼間でもオジサン客を中心にかなりの入り。

「通天閣の歌姫」叶麗子さんの根拠地で、有名な劇場だとはいうものの、どこか寂しい場末の雰囲気。私たちが子供のころ、時々巡業に来ては十日ほどで去って行った旅の一座の芝居小屋のよう。舞台の脇にオッチャンが立っていて、歌手が登場するたびに五色のテープを横から上手に投げます。一舞台終わるとすぐにテープを回収して、次の歌手にまた投げる。その人はただのファンのようでもあり、それを仕事にしている人のようでもあり、ようわからんのです。

なんとなく落ち着かない気持ちで丸椅子に座って待っているうちに、２回目のショーが始まって、すぐにお目当ての歌手・亜紀ひとみさんが真紅のドレスで登場。アー、綺麗！！　私は彼女のファンクラブの会員です。わざわざ新世界まで応援に来たのだから、勇気を出して「ひとみちゃ〜〜ん！！」と声をかけると、ひとみさんは、ライトを浴びながら驚いたような顔で、闇に向かってニッコリ笑ってくれました。

持ち歌の「恋人塚」と「嵯峨野恋歌」を熱唱して退場。彼女が難病と闘っていることを知っているのか、客席の前の方にいたオニイサンが「身体に気イつけて、またおいでやー」と声をかけてくれました。ええ人やなあ。やはり大阪の人情は温かい。（助山夫妻もご祝儀まで持って応援に行ってくれたことがありましたね。どうも有難う）。

ひとみさんと初めて出合ったのは、次男が小学生の時でしたから、今から1０年ほど前です。5月の家庭訪問の時、担任のF先生（本名はFひとみさん）としてうちに来られました。その頃は教育大学を出たての新任だったのでしょう。若々しく可愛い、元気一杯の先生でした。その後の文化祭・体育祭などでも、学年全体の音楽・ダンス関係の指導を一人で仕切って大活躍の先生でした。ところが翌年の夏休み頃でしたか、F先生が病欠に入られたと聞きました。その時は膠原病という難病であることを、私たち親は知りませんでした。お見舞いの手紙を書いたり、お返事をもらったりしていたのですが、その後、F先生は教室に戻ってこられることなく退職されました。

数年後、Ｆ先生から「日本コロンビアから歌手・亜紀ひとみとしてデビューしました」というお知らせをいただいた時は、びっくり仰天。（その頃、大阪テレビで「難病と闘う歌手」という番組が放送されたのも見ました）。私は「エッ！？　そんな難病だったら、なおさら教師でいた方がよかったのに。長期の病気休暇もあるし、給料も出るのに・・」と思いました。病身で、売れるかどうかわからん歌手の道に敢えて進もうとするF先生にびっくりしたわけです。（私は見かけによらず、とても臆病でアカンタレだから・・）。

ひとみさんは、そうは考えなかったみたいです。「もしも限られた命であるなら、自分の一番やりたいことを精一杯やりたい」、それが歌を唄うことだったのでしょう。彼女はホームページで「命の長さではなく、深さにこだわって、前を見つめて生きていきたい」と書いています。今年の春にも随分病状が悪くなって危ないところだったと、先日、ご本人から聞きました。

ひとみさんのスケジュールは実に大変で、週日は祇園のスナックなど数軒にレギュラーで出て、週末は全国各地へ特別イベントに出かけられます。通天閣歌謡劇場はじめ、あちこちのショーや催しに出演。他にカラオケ教室、カントリーダンス教室、FM845「演歌ジョッキー」出演・・・。スケジュールを見ただけでこっちの目が回りそうです。



2１歳になる次男がこの9月に帰省して、1２年ぶりに先生に会いに祇園花見小路のスナックを訪ねました。ごく小柄で気弱だった小学生が、でっかいニイチャンになって、イッチョマエにビールや水割りなど飲んでカラオケを唄うのを、ひとみ先生は随分懐かしがってくださったそうです。居合わせたファンクラブのおじさん達やママにも、とてもよくしていただいて、結局午前1時過ぎまでお店にいたとのこと。朝帰りした息子の言うには、「みんな先生におごってもろた！！」（こらこら、先生がどんなに苦労して毎日稼いではると思うてるのや？！　本当になんとも有り難いことでした）。

息子の感想。「自分の夢にむかって行動し続ける先生はスゴイ。『あんたもしっかりしいや！』と言われたみたいな気がした」
自分の生き方や存在そのもので生徒を励ますことのできる教師は、やっぱりスゴイ。たとえ教師を二年でやめても、その人は本当の先生です。

そういう意味で、私たちも本当の教師にめぐりあえて幸運だったかも知れません。
それにしても、そのセンセ、韓国を襲った猛烈な台風の夜、釜山の居酒屋で痛飲したあげく、街路樹にしがみつきながらようよう宿に帰ったそうな。そんな暴風雨に飲みに出るか〜〜？！　吹き飛ばされて死んだらどうする？！　先生の「敬愛してやまないお酒」と心中やね。えーえ、なんとも励まされますわ、その生き方！　（ッタク、困ったセンセや・・）



亜紀ひとみ　オン・ステージ