アメリカのブッシュ大統領が来日しているので、迎賓館はじめ各地で厳重な警備態勢がしかれているとのニュースを聞いて、昔のことを思い出しました。

1970年代中頃に私の勤務していた中学校は、京都・大阪間のちょうど真ん中ぐらいにあって、学校のすぐ傍を名神高速道路が走っていました。天王山トンネルで事故でもあろうものなら、教室からは道路の渋滞ぶりが手に取るように見えるもので、生徒たちは「先生、また事故やでー・・今日のはひどいらしいな！」などと、それでなくても気の散ってる連中がキョロキョロすることしきりだったのです。

そんなある朝、９時ごろでしたか、職員室に某過激派を名乗る電話がかかってきました。ちょうどその日は、来日中だったアメリカのフォード大統領が車で大阪から京都へ向かう日で、その電話の主の言うには「フォード大統領の車をねらってオタクの学校近辺に時限爆弾を仕掛けた。爆発時刻は10時15分。非常に強力な爆弾だから生徒を避難させるように勧告する」とのこと。

校長はじめ職員はみんな半信半疑だったけれど、当時あちこちの施設をねらった爆破未遂事件がよくあったし、まあ大事をとったほうがよかろう、ということで、授業中の生徒を全員避難させることになりました。



爆破予告の時刻まであと１時間足らず。校内に緊急連絡をする。生徒たちは思わぬ授業中断にラッキー！！　「え？カゲキハって何や？」「バクダーーン！！」などと口々に嬉しそうにしゃべりながら教室を出てきます。私は担任がない年だったので、学校中を駆け回って美術室とか、技術室などの特別教室、体育館の裏などに居残っている生徒がいないか見て回って、声をかけては追い出しました。

ゾロゾロゾロゾロ1000人ほどの中学生がクラスごとに列を組んで、名神高速道路の土手の横をこわごわ通って近くの小高い丘の上のグランドまで避難。学校横にある名神の土手の草むらでは、すでに警察官がいっぱい出て草むらを棒で掻き分け掻き分け、不審な物がないか調べています。10時には全員が丘の上のグランドに到着。そこから見下ろすと、自分たちの中学校の校舎もグランドもかなり小さく見えます。

10時10分。時計を持っている教師のまわりには生徒がたかってきて、「先生、あと爆発まで何分？」と、そればっかり聞いている。「早よ、爆発せんかなー」「まだかいなー」「先生、学校が爆発したら明日から授業は無しやなー？」等々、うるさいことこの上なし。「あんたら何考えてんのや、アホなこと言うたらあかん！」と、諭しつつ、実は自分も同じことを考えていたりして・・。

10時14分。もう教師も生徒も誰も何も言わなくなって、ひたすら眼下の学校を注視しています。それぞれの脳裏には、ドッカーーン、大音響とともに崩れる無人の校舎の姿が浮かんでいたのかもしれません。10時15分。校舎はピクリともしない。

（まあ、その公算の方が俄然大だったのだから当たり前だけれど・・）1分経ち、2分経っても何事も起こらず。「なーーんや、爆発なんかせーへんやないか！」「おもろないな！」生徒たちがガヤガヤと言い出します。

それでも、ひょっとして「時限装置」が狂ってたらイカンというので、その後30分ほどは丘の上で待機。教師、生徒ともに特に早く学校に帰りたいと思う者もないわけで、みんな楽しくガヤガヤ話したり、ふざけたり・・。で、３０分後にまたゾロゾロと、帰りは呑気にチンタラチンタラ丘を下ったものでした。



ところが、そのあくる日の朝、また同じ過激派を名乗る者が学校に電話してきて、「昨日は組織の都合上、計画を中止した。今日、フォード大統領が京都から帰る時を狙うから・・」と。そんなアホな！　エエ加減にしてや。さすがに今度は、「悪戯にきまってるでー」という雰囲気になったものの、電話を受けた人が「いや、何か思いつめたような青年の声で、しっかりした物言いだった。ひょっとしたら・・」とか言うもので、またまた生徒を避難させることに。

ただし、今度は丘の上までは行かずに校舎から出して名神とは反対側のグランドの隅っこに避難させることにしよう、という、言わば折衷案で妥協。全員がグランドに出ましたが、もちろん爆発などなし。生徒たちも、もう飽きてしまって2日目はすぐに教室に入って「お勉強」の続きをしました。

フォード大統領が無事に京都見物を終えて帰国の途に着いたことは、言うまでもありません。

実に人騒がせな悪戯だったけれど、いい季節に（春だったか秋だったか、とにかくいい天気で、暑からず寒からず気持ちのいい日でした）、半日、臨時の全校ハイキングをさせてもらったと思えばね・・・。

とにかく教師と生徒が、あんなに心を合わせ（？）て、ひたすら自分たちの学校を見つめていたことなど、後にも先にもあの時だけでした。あそこにいた１０００人余りは、あの、校舎を見下ろして息を呑んでいた情景を、きっと今も鮮明に覚えているだろうと思います。

ま、「それが、どうした！？」の思い出ではありますが・・・。ブッシュ来日厳戒態勢から、ふと思い出したもので・・・。