優先席に彼女が座っていたということが、そもそも悲劇の始まりだった。

私が乗車した入り口は、優先席のすぐ傍だった。おじいさんが、隣りのおばあさん（夫婦ではないようだった）を座らせるため、席を譲りなさい、と言ったらしい。２０代半ばに見えた女性が、「申し訳ありません！」と、さっと席を立った。直後に、６０歳くらいの女性までが席を立って、どこかへ移動されてしまった。

その女の子は、手に大きなリュックと、他にも荷物を持っていた。西の方から来たその電車では、優先席とは言え、空いていたから、座っていたのだろう。注意されると嫌な顔をする若い子が多い中で、わざわざ、「申し訳ありません」と言ったその子を、私はむしろ好感のまなざしで見たのだった。

ところがその男性は、「全く今の若い者は！」で始まり、何やらくどくどと説教を始めたのである。彼女は「気づかなかったんですよ」と抗議。声を荒げることもなく、礼儀正しい言い方だった。

それがまた勘に障ったのだろう。
「言い訳をして！　気遣いがないんだよ！」
「なんでそんな風に言われなきゃいけないんですか？　ほんとに気づかなかったのに、信用して頂けないんですか？」
「もう口ばっかり立って！　なんなら、お父さんを交えて３人で話をしようか？！」
「いいですよ」
彼女も負けていない。

下の画像の少女は実在の人物と無関係です。



「大学紛争の時には、教授は学生につるしあげられたんだよ！」
「私はその時代を知りませんけど、そんな人が居たと、話は聞いています。でも、だからって、今の若い者は、という言い方には抵抗を感じます」
「私は７１だけどね。戦争のときは、仲間が次から次へと死んでいったんだ！」

男性は後ろ向き、彼女が私の方を向いて話しているので、男性の話が全て聞こえた訳ではない。年なども聞き違えかもしれない。今の若者のように生ぬるい中で生きては居ないということなのだろうが、この際、話が飛躍しすぎている。

３人掛けの席は、２人が立って、真ん中の席が空いていた。右端に席を譲られた女性。彼女はトラブルに巻き込まれたくないからか、目をつぶったまま。左端には、元々座っていた６０半ばくらいの女性。彼女は、その男性に座るように言ったけれど、「いや、私はいいです」と、頑として座らず。男性は、その人に同意を求めるようにものを言ったりし、彼女はその男性に加勢しているように、女の子に何か言っていた。

女の子は、途中から泣き出していた。公衆の面前で、罵倒されているのだから。

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よほど、後方から、「もうお止めになったら如何ですか？　彼女は、申し訳なかったと言ったのですから、今後は気をつけなさい、とおっしゃるだけでいいじゃありませんか！」と言いたかった。しかし、かっかと来ている年上の男性に言う勇気はなかった。

渋谷に近づくと、そのおじいさんは、ドア近くに居た３人の子供達に、「降りるのか？」と聞いた。彼らがきょとんとしていると、「どきなさい。降りる人の邪魔だろ！」とまた横柄に。まだ駅に着いていないし、車内は混んでいたので、彼らが邪魔という意識はこちらにはなかった。

駅に着いたとき、その男性が降り、女の子も泣きながら降りて行った。私の隣りに立っていた見知らぬ女性と目が会ったとき、呆れたわね、と言わんばかりの表情だった。

もっと気持ちよく、人を諭すことが出来ないのだろうか？自分は善を尽くしたと思っているのだろうか？押し付けの正義感を目のあたりにし、不快感を覚えた10分あまりの出来事だった。

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