親の看護、転宅の手伝い、法事…。次々と帰省の理由が続いた昨年までとは打って変わり、今年は何の行事もなく、関西行きは暫く控えていた。大阪の友達からは、「お父さんは病気にならないの？」とか、「お母さんが、紀子！紀子！と叫んでいるとでも言えば？」とか勝手なことを言って誘ってくれていた。

昨年別れるとき、父が「また来てね」と言ったこと、父がちっとも話相手にならないので、母が「口が渇いてしまったから、早く来て」と電話で言ったのを口実に、３月、４月と大阪で行われた七天の行事に参加してきたのだった。

口実とは裏腹に、義理の姉や妹、友達とばかり会っていたが、ある日の午後、突然母と２人で出かけることになった。遠出を嫌がる父にお昼ご飯を出した後、夕食までの一時であった。



長岡京にある筍料理が目的だったが、隣にある長岡天満宮で霧島ツツジのトンネルを楽しんだ。その後偶然、「牡丹祭り」の看板を見つけ、乙訓寺まで足を伸ばすことにした。思いのほか遠く、足が痛くなった母は、「わざわざこんな遠くに来る人なんか居ないわよ」なんて言い出したが、やっと着いて見ると、大勢の人。それでも、「近所の人ばっかりよ」なんて、憎まれ口を利いていたが、牡丹の数の多さ、華麗な姿に感激し、「来て良かった」という結論に。

帰り道、実家の最寄駅で出会った友達は、腕を組んでいる私たち母子を見て、「まぁ、仲が良いこと！」と。娘時分から、母とはいつも腕を組んで歩く。

帰京する日、実家に挨拶に行くと（帰省中は、義母が１人で住む、夫の実家に滞在する。両家の間は徒歩５分）、お弁当を作ってくれていた。「重ければ置いて行ってもいいけど」の母の言葉に、「どうせ駅で、夕食のお弁当を買うつもりだったから」とバッグにしまった。

新幹線の中でお弁当を開けた。鶏肉と卵のそぼろ弁当で、幾つかのおかずとお漬物が綺麗に並べられていた。感激しながら、一口一口ゆっくり味わって食べた。甘〜い味付けで、とても美味しかった。



実は、母のお弁当を食べるのは、５４歳にして、生まれて初めてだったのである。中学、高校、大学、その後の万博まで、仕事を持っていた母に代わり、お弁当を作ってくれたのは祖母（母の母）だった。

私が結婚し、子供が生まれても、母はまだ働いていた。退職し、初めて家事をするようになったのは、５０歳前後。１９歳で結婚した母は、仕事を持つまで何年間かは主婦をしていたので、家事はしていたのだろうが、私の記憶にはない。実家に行って、食事を作る母を見て、「煮物なんかできるの？！」と言った記憶がある。今では、父の３度３度の食事に追われているので、食事としては何度も口にしているが、お弁当は格別のものだった。

いまや私もしっかり姑。孫が居てもおかしくない年齢になって、７７歳にもなる母親にお弁当を作ってもらうなんて、おかしな話。
「美味しかったわよ―！」
とお礼の電話をした私に、「そりゃ良かった」と言っていたが、私のこんな思いに気づいてはいないだろう。