東京にいる長男が、初任地への赴任を前に、突然電話をしてきました。「カノジョを家に連れていくしな」と。それが来訪予定日の数日前です。さあ、それから上を下への大騒ぎ。普段の小掃除が行き届いてないもんだから、急遽、客間の障子を張り替えるわ、玄関、居間、トイレ、風呂場の大掃除、お花も活けて・・ドタバタドタバタ、あーしんど、と思う頃には、早や前日。

母が「私、何を着たらよろしいですやろ。病人やからパジャマの上にガウンではどうでしょう」「そら、まずいのと違う。いくら病人でも初対面にパジャマは・・」「そしたら和服着ましょか」「この暑いのに和服も大層やな。パジャマと和服の間の何かないの？」ということで、母は花柄のワンピースに決定。

「俺、何着よう？　半ズボンは？」と尋ねる亭主には「あかん、あかん、短い毛脛なんか出したらカノジョに失礼やろ」と一蹴する。私も、ワンピースからロングスカート、数少ないコマシな服を全部出してあれこれ着てみるも、どうも評判がイマイチ。「やっぱり普段の格好があんたらしくて一番よろしい」との母の進言を入れて、結局、ユニクロの深紅のＴシャツとベージュの綿パンに落着・・・何やそれ。

息子には先の電話で固く釘を刺されています。
「初めて相手の家に行くのやから、彼女はすごく緊張するやろ。だからオヤジもオフクロも要らんことを一切言うたらあかんで」
「わかってるって。私もはじめてお父さんのお母さんに会いに行って、あごのしゃくれた子やな、どこの馬の骨かわからへんなどと言われたクチや・・そんなこと言わへん。大丈夫、まっかせなさ〜い」
「オヤジにもちゃんと言うといてや」
「わかってる。政治向きの質問とかしたらあかん、ときつく言うとくし、安心しー！」

何や、まるで山賊・山姥の巣窟に姫君をご案内する若侍といった気合の入れようで、あほくさいやらおかしいやら・・。両親にもその半分ぐらい気を使ってもらいたいもんやな！　そのくせ、あとで彼女に聞いたところによると、彼女には「君が代・日の丸の強制についてどう思うか、意見をまとめといた方がいいかもな・・」とか冗談まじりに言って彼女をビビらせていたらしい。初めて会う息子の彼女にそんなアホな質問をする親なんかおらへんやろー！

で、いよいよドキドキ、待望、憧れの初対面。「い、いらっしゃ〜い！」。玄関で、母親の全身全霊こめた鋭い一瞥！！　ＯＫ、ＯＫ。健康そうな可愛いええ子やないの〜。よかった〜！　どっと安心して、もうこれで１５ラウンド終了や。



あとは、おばあちゃんも呼んで、居間で楽しくくつろいで、愛犬の話や、彼女のおうちの話などで盛り上がり、そうこうするうちに、外出していた亭主も帰ってきましたヨ。大体いつもムス〜ッとした顔をしている人なのに、若くて可愛い彼女を一目見るなり、ヘロヘロヘロ〜ッと腰くだけて、「いらっしゃ〜い。息子がお世話になっております」なーんちゃって・・・男はあかんね。

夕食も一緒にして、とても楽しいひとときでした。息子があんなにイソイソと配膳の手伝いをしたり、あまりビールを飲まない彼女のためにお茶を取りに走っている姿を見るのは、小学生時代以来だったので驚きました。女の力はたいしたもんや！

で、宴もたけなわ、亭主と二人でビールをかなり飲んですっかりくつろいじゃった私、ふと気がつくといつの間にやら、いつもの悪い癖が出て、Ｔシャツの袖を肩までまくりあげて太い二の腕を出しているではありませんか！！　いつも亭主や母に「行儀が悪い」と叱られるので、「いくら飲んで暑くなっても，今日は絶対にしたらあかん」と肝に銘じていたのに気がゆるんだのでしょうね。「し、しまった！」。あわてて袖を下ろすも、時すでに遅し・・彼女はしっかり、それを見ていました。あ〜あ。とんだ失態をしちまった。ま、いいか。これが、ありのままの私よね。

写真だけは見せてもらっていた彼女（Ｎさん）に会って、心身ともに健康そうなお嬢さんであることがわかり、今後二人がどうなるかはしらないけれど、とにかく、よかったな、と思いました。（母親の私の方が、今までなかなか断ち切れなかった長男との心理的な『臍の緒』がやっと切れたような気がしましたね。

二男と違って、長男には幼い一番大事な時に仕事にかまけて十分にしてやれなかった、つらい思いをさせてすまなかった、という「負い目」のようなものをずっと今まで引きずっていましたから・・。その母親の気持ちが彼には随分迷惑だったろうと思います。）とにかく、よかった、よかった。もう大丈夫やろ。

その後、われわれ両親、おばあちゃんの方からは、「楽しかったよー、Ｎちゃんはいい子やなー」等々、息子に伝えているのに、彼からはＮちゃんの反応についてのコメントが全然かえってこないんですよね。どうなってるのかな？　ちょっと心配です。

意外と二人でもめてたりして。彼女、実家のお母さんに言ってるかもしれないね。
「ママー、Ｇくんのお母さんって、夕食の時、ビールをガッパガッパ飲んでね、Ｔシャツの袖をまくりあげて喧嘩腰なのヨー。とっても怖かったわ、私・・・」
いやー、もし私のせいで、そんなになってたりしたら大変！　へその緒どころか、腹切らんならんがな。

殷人講評 Ａ新聞社の取材網が把握したところにによりますと、上記長男は、Ｍ新聞社に入社、８月からＮ潟支局に配属される模様。従って、初任地というのは、Ｎ潟のことである模様。 新聞社がＡ社ではなくＭ社であるというのは、上記長男が、Ａ社のＡ吹記者よりＭ社のＹ井記者（現在は社長）を尊敬しているからだと思われる模様……。