買い物からの帰り道、我が家の真向かいの事務所に勤めている方が私を見つけ、びっくりしたような顔で、「まぁ、三田さん！」。いつも「こんにちは」とご挨拶するだけの間柄で、私はお名前すら知らないのですが。

「会社、辞めたの！」。前から私にお別れを言いたくていたところ、最後に偶然出会ったということでした。「今までお声をかけて頂いて嬉しかったわぁ！」と。

彼女には、長男と同い年のお嬢さんがいらして、確かそんなことから知り合ったと思うのですが、長男が、この地元の学校に通ったのは、小学校１年生だけ。２年生からは、転勤で関西へ。ですから、彼女とも、その頃のご縁なんでしょう。

彼女との立ち話から、長い年月が過ぎ去ったのだと感じ、その頃起こった、彼女とは別の、或るご家族とのエピソードを思い出しました。

長男が小１の時、よく近所の一人っ子の男の子と遊んでいました。その子が我が家に来た記憶もないのに、長男の方はその子の家によく遊びに行っていました。こっちは、下に幼稚園児が居ましたから、毎日バタバタと暮らしていた頃です。

お母さんの居ない子で、「クレイマー、クレイマー」状態のお宅でした。お父さんは、翻訳の仕事をなさっていると聞いたことがあり、いつもお家にいらしたようです。帰りには、長男を我が家まで送り届けて下さったり、時々、「お粗末ですが、召し上がって頂けますか？」とか言いながら、ハンバーグなど、おかずを頂いたことを覚えています。その頃から、ダメ主婦と思われていたのでしょうか？　申し訳ないけど、口にはしなかったような気がします。

お父さんも、坊やも、でっぷり太っていました。私達の転勤でお別れすることになったある日、そのお父さんが訪ねて来られ、手術することになったので、子供を一時的に施設に預けなければならず、遠いところに行きます、と、そちらもお別れのご挨拶でした。胃癌だったようです。今まで良くして頂いたとはいえ、こちらも転勤。気の毒でしたが、坊やを預かるわけにはゆきません。

最後に、この本は良かったのでお読み下さいと、１冊の文庫本を手渡されました。帰られた後に見ると、中には手紙が…。娘時分にはそういうこともありましたが、結婚しているのに、と、びっくりしたものです。

５年経ち、また転勤で戻ってきた頃は、長男は地元の学校ではなかったので、もうその子と会うこともなく、日が過ぎました。ある日、遠くから目に入った方は、あの時のお父さんでした。手術は無事に済み、同じ家に戻られていたのでしょうか。以前とはすっかり容姿が変わり、痩せ〜て小さくなられた印象でした。以来１度もお目にかかったことはありません。